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羽賀 銅メダルの悔しさバネに…「もっと成長しないと」

[ 2016年8月13日 05:30 ]

ウクライナのブロシェンコ(下)に三角絞めで一本勝ちし、銅メダルを決めた羽賀

リオデジャネイロ五輪柔道・男子100キロ級

(8月11日)
 男子100キロ級で昨年の世界選手権を制した羽賀龍之介(25=旭化成)が、重量級での貴重なメダルを獲得した。準々決勝でルカシュ・クルパレク(25=チェコ)に敗れたが、敗者復活戦と3位決定戦を勝ち上がっての銅メダル。同級の日本勢では00年シドニー五輪の井上康生(金メダル)以来のメダルとなった。男子は初日から6日連続メダルとなった。女子78キロ級の梅木真美(21=環太平洋大)は初戦で敗れた。

 3位決定戦の畳を下りて鈴木桂治コーチにぐっと肩を抱き寄せられた。「この結果を絶対に次に生かそうな」。悔しさを抑えきれず羽賀は泣いた。「金メダルだけを目指していた分、なかなか受け入れられない」とぼう然と語った。

 日本重量級の未来を託されてきた。今回だけでなく、これまでもずっとそうだった。95キロ級で講道館杯優勝の善夫さん(53)を父に持つサラブレッド。父から受け継いだ内股を武器に、東海大相模高では1年時の金鷲旗で20人抜きの恐るべき新記録を打ち立て、井上康生の後継者として名前が挙がった。東海大時代の左肩の手術で遠回りはしたが、ついにたどり着いた大舞台だった。

 しかし初めての五輪で伝家の宝刀は空転した。何度も内股を繰り返すが、前後の揺さぶりがない単発の攻めは威力を欠いた。3月に左膝を痛め今大会が昨年12月以来の8カ月ぶりの実戦。男子の井上康生監督は「刈り足をケガしたことで微妙なズレが出たんじゃないか。刈る力を出すには正直時間が足りなかったと思う」とケガの影響を口にした。羽賀も「自分の間合いになっても怖さが出て躊躇(ちゅうちょ)してしまった」と自分の動きには違和感を感じていた。

 100キロ級は井上監督や鈴木コーチが現役時代に活躍した花形階級。近年はむしろ日本の“穴”となっており、14年世界選手権では異例の派遣見送りという憂き目にもあった。その屈辱をバネに飛躍し、昨年は世界王者にもついたのが羽賀だった。

 「金メダルだけを目指していた」と落胆は隠しきれない。しかし、どん底だった2年前を考えれば銅メダルにも大きな価値はある。「五輪ってこういう思いをする場所なんだと思った。もっともっと成長しないといけない」。悔しさを糧に成長する。それができることを羽賀はもう証明してきたはずだ。

 ◆羽賀 龍之介(はが・りゅうのすけ)1991年(平3)4月28日、宮崎県延岡市生まれの25歳。神奈川・東海大相模高3年時に個人、団体の2冠。東海大―東海大大学院―旭化成。10年世界ジュニア選手権、11年ユニバーシアード優勝。昨年はグランプリ大会(ドイツ)、世界選手権(カザフスタン)、グランドスラム東京大会などを制した。得意は内股。父・善夫さんは87年に講道館杯95キロ級を制した柔道家。1メートル86。

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