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昨年他界した瀬戸内寂聴さん 最期は目を開けることはできずも娘らに見守られ… 秘書が告白

[ 2022年5月16日 14:18 ]

瀬戸内寂聴さん
Photo By スポニチ

 昨年11月に死去した作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(享年99)の秘書を務めた瀬尾まなほさんが16日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。寂聴さんの最期の様子を明かした。

 寂聴さんを10年間にわたって支えた瀬尾さん。寂聴さんは生きていれば今月100歳を迎えるはずだった。寂聴さんが死去して半年がたち、瀬尾さんは「いないんだって絶望感がある時もありますし、きょうみたいな1人で出させていただいたりすると、いつも報告してたんですよね。うれしいことも悲しいことも一番に報告してたので、その人がいないっていうのは凄く寂しいことです」と語った。

 晩年の寂聴さんについて瀬尾さんは「体力がだんだん衰えていっておりまして、コロナになって来客もなかったり、家で横になっていることも多くなりました」と明かした。司会の黒柳徹子が「発展できないとつまらない方じゃない」と話すと、「外からいろんな刺激をもらって自分が元気になる人だったので、コロナの間はそれが大きかったですね」と続けた。

 晩年は病院への入退院も繰り返していたが、昨年10月に最後に入院した際には「いつものように体調が悪くなって入院していて、“99だから当たり前ですよね”という話でまたすぐ退院できるものだと思ってました」と瀬尾さん。退院日も決まっていたが、黒柳は「最後の検査で数値が少し悪くて、もうちょっとリハビリしましょうかってことになって、病院にそのままお残りになる形になったんですよね」と説明。瀬尾さんは「それからすぐに急変してしまって、それから10日ぐらいで亡くなってしまいました」と明かした。

 その間、話はできたのかと聞かれると、「言っていることは聞こえていて、うなずいてはくれるんですけど、しゃべることはほとんどできませんでした。(脳内で)出血してしまっていて、しゃべりにくいような状況になってました」と瀬尾さん。

 医師から年を越すことができないと伝えられた際には「そういうことじゃないと思っていたので、もう年越して、来年の誕生日にはって話をしていたので、それが悲しくてしょうがなかったです」と号泣したという。最期は目を開けるのもつらそうだったとし、「目を開けるというのがこんなに大変なものなんだというのは凄く感じて、話しかけて、うんうんってうなずくんですけれどもちょっとしんどいのでずっと目をつぶっているような状況でした」と振り返った。

 他界したのは明け方だったとし、「病院から電話がかかってきて、血圧が下がっているので、今すぐ来てほしいということで。私は家にいて、急いでみんなと向かって、娘さんもいらして、みんなで最期に立ち会うことができました」と回顧。黒柳が「おじょうさまがいらっしゃったことは分かったみたいだった」と尋ねると「はい」と瀬尾さん。黒柳は「そりゃ良かったわね。気にしてらっしゃったみたいですものね」と目を細めた。

 瀬尾さんは「生前は“最期までみとる”って堂々と言ってたんですけど、こんなにもつらいことなんだなって思いました。120歳ぐらいまで生きるって思ってたぐらい、私の方が先に死んだらどうしようって思うぐらい、本当にパワフルだったので。まさかまさかという感じでしたね」としみじみと話した。 

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