瀬古利彦氏 今年4月に34歳で他界した長男 最後の言葉「お父さんのこと大好きだよ」に「ありがとう」

[ 2021年12月1日 14:55 ]

瀬古利彦氏
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 元マラソン選手で日本陸連の副会長を務める瀬古利彦氏(65)が1日放送のテレビ朝日「徹子の部屋」(月~金曜後1・00)にゲスト出演。今年4月に34歳で亡くなった長男・昴(すばる)さんについて語った。

 瀬古氏は高校から本格的に陸上を始め、両親の支えもあって国内外で15戦10勝という世界的ランナーとなった。84年のロサンゼルス五輪では14位、88年のソウル五輪では9位と振るわなかったが、ソウル五輪の後、自宅に帰ると当時2歳だった昴さんと妻・美恵さんが、紙製の黄色い金メダルをプレゼントしてくれたという。

 そんな昴さんだが「この4月に天国にちょっと…。34歳で」と瀬古氏。25歳のときに血液がんの一種であるホジキンリンパ腫を発症し、「本当にいい奴だったんだけどね」「真面目だから世の中の悪が大嫌いで。ピースボートが好きで。世界中を回ってですね。貧しい国とか見るじゃないですか、そうすると凄い心の中で葛藤するらしいです。『なんで誰も助けないんだ』って」と明かした。

 昴さんはピースボートの旅から帰国後半年ほどで「息が苦しい」と言い出し病気が発覚。痛みが激しくなり、入退院を繰り返すようになった。過酷な闘病生活だったが「8年以上苦しんでましたから、年々悪くなっていくのは目に見えてるんだけど、息子に前向きなことを言わなきゃいけないんで、凄く言葉に気を付けたり。本人も一回も苦しいとか痛いとか言わないんですよ。親に迷惑をかけまいと思ったんじゃないですかね」と振り返った。「偉い子だなと思った。うちの息子の方が(良い)マラソン選手になれたかなと思いますよ。あんだけ我慢できるんだから」とも話した。

 昴さんの亡くなる2年半ほど前からはマッサージをするのが日課だったという。「肩が凝るからマッサージしてくれる」と頼まれて始めると、半年ほどたったある日、昴さんが「僕一日の中で何が一番楽しみかって言ったら、お父さんのマッサージが一番楽しみだ」と語った。瀬古氏は「じゃあ俺、毎日マッサージしてやるから。飲んで帰ってもやってやるから、待ってろ」と約束。昴さんは言葉通り、瀬古氏が外で飲んで帰って来た時も待っていたとした。

 瀬古氏は妻と4人の息子がいるが、昴さんが病気となった後は、家族で過ごす時間も増えたとした。昴さんは今年3月に闘病生活についてつづった本を出版。「本当に優しい子でした」と語った。

 昴さんは本を出版した3月に最後の入院。「書いて、2週間後ぐらいに体調が悪くなって。『お父さん、1週間ぐらい病院に行ってくる』って。そしたら急に…」と瀬古氏。入院中に体調が悪くなり、呼吸が苦しくなり、モルヒネを打つ前には電話がかかってきたとし、瀬古氏がかけ直すと、昴さんに「お父さん、僕がこんな大事なときに何で電話に出ないんだ!僕お父さんに最後に言うね、もう声出せなくなるから言うね!僕、お父さんのこと大好きだよ」と言われたとした。瀬古氏は「もう泣いちゃって。『ありがとう、ありがとう』って。大好きだよって言われたの、初めてだったんです。今まで一生懸命マッサージしてあげて良かったなって思って」と回顧した。

 瀬古氏は「だから天国に行っても悔いはないんです。もうやり切ったんで家族で」と言い切ると、この日持参した昴さんが2歳のときに作った紙製の金メダルを手に「この金メダルの中に昴は生きてるんです。私の宝物です」としみじみと話した。

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