渡哲也さんの役者魂、30キロバッグ担ぎ体当たり演技 撮影監督がしのぶ「凄い人だった」

[ 2020年8月17日 05:30 ]

97年の映画「誘拐」で永瀬正敏(左)と共演した渡哲也さん
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 肺炎のため10日に78歳で亡くなった俳優の渡哲也さんが主演した1997年の映画「誘拐」などの撮影監督だったカメラマンの木村大作氏(81)は「残念無念」と追悼した。映画3作品だけのタッグだったが「改めて凄い人だったと思う」とその存在感の大きさを称えた。

 「人間はいずれは死ぬけれど、やっぱり残念無念だよ」。木村氏の声には、どこか寂しさがにじんでいた。ここ数年、公の場に姿を見せていなかった渡さんを気にかけ「去年くらいに手紙を出したら、入院していますって返事がきてね」と振り返った。

 木村氏は日本アカデミー賞で優秀撮影賞19回(うち最優秀4回)を誇る映画撮影技師の第一人者。監督としても09年「劒岳 天の記」、18年「散り椿」などを発表している。渡さんとは、カメラマンとして96年の「わが心の銀河鉄道 宮沢賢治物語」で初タッグを組んだ。

 特に印象深いのが、97年の「誘拐」だ。3億円の身代金受け渡しをテレビで実況中継するシーンで大規模なロケを敢行した。渡さんはスタッフが用意した軽いバッグを断り、実際の重さに近い約30キロのバッグを担ぎ、東京・田町から新橋、銀座4丁目の交差点、数寄屋橋を抜けて日比谷公園までを走破する役者魂を見せた。しかもリハーサルなし一発本番のゲリラ撮影だった。

(謙虚な姿勢崩さず/) 延べ500人のエキストラを動員し、木村氏は撮影監督協会に要請してカメラマン29人を招集。上空のヘリコプターやビルの屋上など20カ所以上から渡さんの一挙手一投足を狙うという破格のものだった。銀座4丁目から数寄屋橋まで一気に駆け抜けた渡さんは、当時「年が年だから、ある程度ギクシャクした方がリアリティーが出ると思った。自分の中で相当テンションを高めた」と気合の演技。体力的にもきつかったはずだが「スケールの大きい、ダイナミックな見せ場をつくっていただき、役者みょうりに尽きる」と謙虚に語っていた。

 木村氏も、ファインダー越しの渡さんについて「(互いに)分かり合えていたんじゃないかと思う。雰囲気で演じられる、最後の人なんじゃないかな」と述懐。その上で「思い出は尽きない。改めて凄い人だったなあと思う」としのんだ。

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