「なつぞら」脚本・大森寿美男氏 100作目の重圧に胃薬手放せず 演劇に挫折「日陰歩いて…出来すぎ」
女優の広瀬すず(21)がヒロインを務めるNHK連続テレビ小説「なつぞら」(月~土曜前8・00)は、残り1週間。脚本を担当した大森寿美男氏(52)が約1年半に及んだ作劇を振り返った。朝ドラ100作目という節目のプレッシャーに「視聴率で判断されるでしょう?ずっと胃薬が手放せなかったですね」と苦労を吐露。それでも広瀬に全幅の信頼を置き、ヒロイン像を造形した。若き日に志した演劇で挫折を経験したため「自分としては日陰を歩いてきた感覚がずっとあります。当時を思うと(朝ドラ100作目の執筆、完走は)信じられません」と謙遜したが、「複合的にいろいろな時間を描けること」と語る朝ドラの魅力を北海道・十勝と東京・新宿を主舞台に巧みに体現。朝ドラ3作目は「今のところは絶対ありません」という完全燃焼で、見事に“大役”を勤め上げた。
節目の朝ドラ通算100作目。大河ドラマ「風林火山」や「64」「精霊の守り人」「フランケンシュタインの恋」、映画「39 刑法第三十九条」「風が強く吹いている」などで知られる大森氏が2003年後期「てるてる家族」以来となる朝ドラ2作目を手掛けたオリジナル作品。戦争で両親を亡くし、北海道・十勝の酪農家に引き取られた少女・奥原なつ(広瀬)が、高校卒業後に上京してアニメーターとして瑞々しい感性を発揮していく姿を描く。
18年1月頃から執筆をスタート。今年7月下旬の脱稿から約1週間後にインタビュー。「達成感を味わえるのかと思っていましたが、今回は、このドラマが最後の最後まで視聴者の皆さんにどう受け止めていただけるか、まだ不安を抱えています。最後まで視聴者の皆さんに満足していただけたら、そこでやっと責任を果たすことができると思います。まだビクビクしています」と、この時点で開放感はなかった。
朝ドラ挑戦は2回目となったが「今回は、プレッシャーが全然違いました。100作目ということで、どうしても注目されますし、広瀬さんをはじめキャストみんなに成功してもらいたいという気持ちが強かったので。書くスピードも『てるてる家族』の時とは全然違いました。年を取ったせいかもしれませんが、1週分ずつ書いていって、書き上げる速度が前回の倍近くかかって。だいぶ早く、余裕を持って始動したので、最初はオンエア(19年4月)前に書き終わっちゃうんじゃないかと思って、実はそのぐらいを目指していたんですが、とても無理でした。プレッシャーを含め、前回より大変でした」と節目を任された“大役”を振り返り、苦労を吐露した。
終盤、なつは十勝を舞台にしたアニメ「大草原の少女ソラ」を制作。「主人公が自分の生い立ちめいたものを最後に作るというのは、何だか朝ドラ的なパターンのような気がして、実はあまり乗り気じゃなかったんです」と笑いを誘った。それでも、アニメーション監修の元スタジオジブリ・舘野仁美氏やタイトルバックなどを手掛けた若手アニメーター・刈谷仁美氏からの「十勝を舞台にしたら、作画としては勝ち目がある」というアドバイスもあり「今回は、成長したなつが最後に十勝に戻るのが必然と思え、最後まで朝ドラの王道を貫いてもいいんじゃないかと思いました」と100作目という要素が影響したようだ。
大森氏のコンセプトはホームドラマ。「アニメーターとしてのなつのサクセスストーリーじゃなく、引き取られた柴田家、上京して過ごした風車(新宿のおでん屋)、坂場(中川大志)と結婚して作った自分の家、この3つのホームで、どういう物語が生まれるかを常に、それはもう途切れることなく考えました。そして、それぞれのホームで起きた出来事をフィードバックしていきたいと思ったんです」。例えば、駆け落ちした夕見子(福地桃子)を連れ戻そうと上京した泰樹(草刈正雄)が帰る背中を目にし、なつが短編漫画映画「ヘンゼルとグレーテル」の“樹の怪物”の動きを思いつくなど、中盤以降は3つのホームが影響し合い、ドラマは重層的に展開。大森氏が巧みに伏線を張った見事な構成だった。
また、柴田家に引き取られたばかりのなつ(粟野咲莉)とアイスクリームを食べながら泰樹が「一番悪いのは、人が何とかしてくれると思って生きることじゃ。おまえはこの数日、本当によく働いた。堂々と、ここで生きろ」と語り掛ける場面や、十勝に生きた画家・神田日勝をモチーフにした天陽(吉沢亮)の最期、なつと28年ぶりに再会した千遥(清原果耶)が「千夏にまでウソをついて生きるのは、もう嫌なんです。私は堂々と生きられるようになりたい。お姉ちゃん、また家族になってくれる?」と泣きながら打ち明けるシーンなど、数々の名場面を生み出し、視聴者の感涙を誘ってきた。
ウッチャンナンチャンの内村光良(55)がなつの父親役として語りを担当。毎回の締め「なつよ、~」と毎週の締め「来週に続けよ」いうフレーズを大森氏が考案し、物語を彩ったが「大変になると思いながら『なつよ、~』は意地でも最後まで書きましたが、演出スタッフには『明らかにない方がいい時は使わなくていいですよ』と言ってありました。僕も『ここは要らないな』と思いながら、無理やり『なつよ、~』をひねり出したこともあるんですが、ただ、尺の問題などで、いつも台本通りに行くとは限らず、編集された映像を見てから、その雰囲気の合う『なつよ、~』を考えるようになって、最終的な判断は編集によって決まるので、楽にはなりました。いわゆるエゴサーチ的なことはしないので、視聴者の皆さんがどう受け止めていただいたかは個人差があるでしょうけど、もう祈るしかないですね。『なつよ、~』は父親を印象付けられればと思ったのでチャレンジしましたが、内村さんがドンドンいい味を出してくださるようになったので、途中からはひたすら楽しみました。『来週に続けよ』も続けて良かった。今さら、やめるわけにもいかないですし」と苦笑いした。
広瀬とは、ほとんど話をしていないが「難しい役を自然体で力強く表現してくださっていると思います。なつと広瀬さんには共通している部分がある気がしていて。なつは根本的に孤独で、1人で立とうとする人。広瀬さんにもそういうところがあるから、周りの俳優さんたちも共鳴して、現場の雰囲気がよくなっているんじゃないでしょうか。なつの性格と広瀬さんの持つ資質が、僕の中でもう完全に分け違いものになっています。だから、不安なく広瀬さんに預けていて、広瀬さんの表現がたぶん、なつという役を演じる正解なんだと思います」と全幅の信頼。
なつが母親になってもアニメーターを続けたことについては「女性の社会進出を描いたてきたのが朝ドラの歴史でもあると思ったので、自然とそうなりました。難しいテーマなので、いろいろと取材もしましたが、朝ドラの脚本を書く上で、やっぱり逃げちゃいけない大事な要素だと思います」と覚悟を決め、盛り込んだ。
十勝農業高校に通うなつや“番長”(板橋駿谷)らが歌い、話題を集めた「FFJ(Future Farmers of Japan=日本学校農業クラブ連盟)の歌」は十勝を現地取材した時にヒントを得て「農業高校を描くなら『FFJ』を歌うべきだと、目の前で拳を振って一生懸命歌って力説してくれた人がいたんです。お礼に行きたいですね。酪農家はもっと寡黙な人が多いのかと思っていましたが、皆さん、本当に優しく、お話も好きで。これはやっぱり、厳しい環境の中でコミュニケーションを大事に生きていらっしゃるんだなと感じました」と感謝した。
映画館が好きになった中学生の時、高倉健主演の映画「駅 STAITION」(監督降旗康男、1981年公開)を見た後、脚本家・倉本聰氏(84)のシナリオを手に取ったのが、この道に進むきっかけ。「初めてシナリオというものを読んだんですが、字が少なくて『これなら、自分も書けるんじゃないか』と勘違いしたんですね。倉本先生の美しい詩のようなシナリオが、そう簡単に書けるわけがないんですが」。高校生になると、演劇も観始めた。80年代、野田秀樹氏(63)主宰の「夢の遊眠社」、鴻上尚史氏(61)主宰の「第三舞台」などが人気を博した“小劇場ブーム”。大森氏も87年(19歳の時)、劇団「自家発電」を旗揚げし、作・演出。90年代前半には渡辺えり子(64)主宰の「劇団3○○(さんじゅうまる)」の公演に出演もした。
99年、日本テレビ「夜逃げ屋本舗」で脚本家デビュー。33歳の時、日本テレビ「泥棒家族」とNHK BS2「トトの世界~最後の野生児~」で第19回(00年度)向田邦子賞を当時最年少で受賞。03~04年に朝ドラ「てるてる家族」(ヒロイン・石原さとみ)、07年には大河「風林火山」(主演・内野聖陽)を手掛けた。
ひょんなことから始まった脚本家人生。朝ドラ100作目の“大役”を成し遂げ「何とかアルバイトをしないでも生きられるように、この世界の片隅でいいからシナリオで食べていけるようになりたいというのが最初の動機だったので、出来すぎです。当時を思うと、信じられません。徐々に100作目のプレッシャーがのしかかってきて『こんなに失敗の目立つポジションはないぞ』と。それぐらい、やっぱり自分としては日陰を歩いてきた感覚がずっとあるんです。運良く仕事を続けさせていただいていますが、こんなマイナーなライターを記念作に起用していただいて」と打ち明け、謙遜した。
「いや、謙遜じゃないんです。自分としては一度、演劇で挫折しました。演劇で話題になって映像の世界に入ったわけじゃないので、三谷(幸喜)さんや宮藤(官九郎)さんたちとは全然かけ離れていて。演劇をあきらめて、もう一度、無から本来やりたかったシナリオの勉強を始めよう、ということでしたから。目立たないところで、好きな仕事をしていたいだけだったんです(笑)。僕、胃腸が弱いんですよ。今回はもうずっと胃薬、生薬が手放せなかったですね。百薬の長の飲み過ぎだって説もありますが(笑)」
最後に「朝ドラ3回目は?」と尋ねると「今のところは絶対ないですね。もし、やるとしたら『なつぞら』とは全く別の世界になると思いますが、今は全力を出し切ったばかりなので」と完全燃焼。「朝ドラの魅力は、やっぱり複合的にいろいろな時間を描けることなんです。ヒロイン以外のキャラクターも長い年月で書けますし、1つのドラマの中でいろいろな時間の流れをつくりながら、1つの世界観をつくっていける。ご覧いただく期間も半年間と長いので、そこに視聴者の皆さんの時間も重なって、1つの世界観が生まれる。成功したら、こんなに楽しい仕事はないですが、失敗したら、こんなにつらい仕事もありません。やっぱり、スタッフ・キャストともそうですが、視聴者の皆さんと1つになれているという感覚がつかめるかどうかが、朝ドラの脚本を書く時に大事なんだと思います」
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