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今年、大ブレイクの野性爆弾・くっきー 先輩のケンコバに「今でも頭上がらんです」

「野性爆弾」のくっきー
Photo By スポニチ

 「野性爆弾」くっきー(42)が14日、TBS「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(金曜後8・57)に出演。どん底から這い上がり、今年の大ブレイクに至った経緯について語った。

 くっきーは友人に誘われ“NSC吉本芸人養成スクール”に入学。1994年に相方ロッシー(43)とともに“野性爆弾”を結成した。

 「手作りのカラスが飛んでくる」ようなシュールなネタばかりで「客は笑わないが、舞台袖の芸人が笑っている」といった状態が続いていたという。当時の芸人としての月収は3万円。当然、生活は苦しく消費者金融から250万円の借金があった。

 同期の次長課長・チュートリアル・ブラックマヨネーズといった面々は次々とブレイク。対して日の目を見ないままのくっきーは、その状況に耐え切れず「俺はもうしんどい。俺、芸人やめるわ」とこぼすようになった。

 そんなくっきーを救ったのが先輩芸人のケンドーコバヤシ(46)。「もったいないから、やめたらあかん。もう少しの辛抱やって」と励ましの言葉をかけてくれたという。他にハリウッドザコシショウ(44)からも慰留され「そんな熱くならはるようなお二人じゃなかったんで、止めてもらった良きはすごくうれしかったですわ。今でも頭上がらんです」と改めて感謝の言葉を述べた。

 2004年にファンレターがきっかけで交際していた女性と結婚。2人の子宝にも恵まれた。しかし、これといった動きもなく迎えた2009年。遂に後にブレイクへの足掛かりとなる「白塗りモノマネ」が誕生。一番最初にやったのは“和田アキ子”だった。

 デビューから24年の時を経て遂に大ブレイクを果たしたのが今年。同期の「チュートリアル」徳井は「時代が追いついた感はありますね。やっていることは変わってないですから」としみじみ。応援し続けていた父は「ようやく自分の力で人様からお金をいただいて、生きていけるようになりおったな」と、息子の成長ぶりにホッと胸をなでおろした。

 特に心配の絶えなかった母は、くっきーに仕送りしていた過去を明かしながらも「(くっきーが)100万円渡して『温泉行ってこい』と言ってくれた」と、満面の笑顔で語った。

[ 2018年9月14日 23:39 ]

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