「半分、青い。」北川悦吏子氏の朝ドラ初脚本 斬新かつ実は王道 家族愛丹念に ホームドラマの復権

[ 2018年4月30日 08:15 ]

連続テレビ小説「半分、青い。」第6話の1場面。晴(松雪泰子、右)は娘の鈴愛(矢崎由紗)に糸電話をめぐる、ある秘密を打ち明ける。斬新さが反響を呼ぶ“恋愛の神様”北川悦吏子氏の朝ドラ初脚本は家族愛も丹念に描き、実は王道の側面も兼ね備える(C)NHK
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 フジテレビ「素顔のままで」「ロングバケーション」「空から降る一億の星」やTBS「愛していると言ってくれ」「ビューティフルライフ」「オレンジデイズ」など数々の名作を生み“ラブストーリーの神様”と呼ばれるヒットメーカー・北川悦吏子氏(56)がNHK連続テレビ小説「半分、青い。」(月〜土曜前8・00)で朝ドラ脚本に初挑戦。今月2日のスタートから1カ月が経過した。今年2月、合同インタビューに応じた北川氏は、朝ドラ史上初の“ヒロインの胎児時代”から始まる設定など、第1週の出来栄えに「もしかしたら朝ドラに革命を起こしたんじゃないかなと思っていて」と手応え十分。その言葉通り、斬新さが反響を呼んでいるが、北川氏の朝ドラ脚本は一体、何が新しいのか。「みんなの朝ドラ」(講談社現代新書)などの著書で知られるドラマ評論家の木俣冬氏が分析した。

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 連続テレビ小説「半分、青い。」が始まって1カ月が経った。

 幼い頃、病気で左耳を失聴した主人公・鈴愛(すずめ)(永野芽郁)が、視点を切り替え、前向きに生きていく姿を描くドラマの舞台は岐阜に始まり、5月になると東京へと場所を変える。そこで鈴愛は漫画家を目指すことになる。

 故郷・岐阜での鈴愛は、彼女と同じ日に生まれ、1960年代の特撮ヒーロードラマ「マグマ大使」のように笛を3回吹くと助けてくれる頼もしき幼なじみ・律(佐藤健)と優しい家族たちによる無償の愛に育まれ、ハンディキャップに負けず伸び伸び育ってきた。だが、第4週の第21話(4月25日放送)では、高校卒業後、就職するにあたり、受けた会社にことごとく落ちる。ここに、朝ドラファンの注目ポイントがあった。鈴愛を落とした会社名だ。

 下村医療器・狩野旅館・天野海産・レストランにしかど・村岡書店・亀山飲料販売サービス・津村食品・白岡信用金庫・コバシ印刷・坂東織物工業・谷田部精工・藤岡企画。

 これらは2012年前期「梅ちゃん先生」から17年後期「わろてんか」までの歴代ヒロインの苗字と職業をもじったもの。現場スタッフの遊び心に満ちた仕事だと思うが、歴代ヒロインの名前を冠する会社に落ちるヒロイン、つまり、「半分、青い。」の楡野鈴愛は、これまでの朝ドラのどれにも属さないという矜持の表れではないかと想像すると、ひとしきり楽しめる。

 そもそも「半分、青い。」は放送開始前から“恋愛の神様・北川悦吏子が書く、これまでにない朝ドラ”という触れ込みだった。果たしてどんな恋愛が描かれ、どんなふうにこれまでにないドラマになるかと思って見たら、まず、主人公が母親・晴(松雪泰子)のおなかの中にいるところから始まるというなかなかユニークな試みがあったり、律の母親・和子役の原田知世に金八先生(武田鉄矢)やマグマ大使の敵役・ゴアのモノマネをさせたかと思えば、言っていることが「鼻につく」「素通りする」と律に言われてしまうなど、これまで彼女が持っていた純粋、清らかというイメージに新しい側面を加えたり、豊川悦司演じるカリスマ漫画家で鈴愛の師匠となる秋風羽織の描く漫画に、実在する人気漫画家・くらもちふさこの過去の代表作の数々を、秋風が描いたという体(てい)で使用するトリッキーさで、公式サイトには「パラレルワールド」と堂々と謳っている。よく「このドラマはフィクションで実在の人物や団体などとは関係ありません」という注意書きが入ることがあるが、「パラレルワールド」だと解説する朝ドラもなんだか新しい。

 そうかと思えば、亡くなった祖母・廉子(れんこ)(風吹ジュン)をナレーションにして視聴者に語りかけさせたり、80年代の流行アイテムを次々登場させたり、「ふぎょぎょ」「やってまった」と決め台詞を考案したり、朝ドラ名物的なものもしっかり脚本に入れるサービスも忘れない(第4週の時点では、名物「立ち聞き」はまだ出てきていない)。

 SNSでの反応を見越して、話題になるような要素もそこここに盛り込んでいる。例えば、「マグマ大使」を放送していた時代がドラマの時代と合わないのでないかと話題になったが、のちにドラマでその訳(漫画好きの父親の影響のため)が明かされたことや、鈴愛が描く劇中漫画の絵の担当に朝ドラ絵がSNSで人気の漫画家なかはら・ももたを起用するなど、話題に事欠かない。

 そんなふうに視聴者を楽しませながら、しっかり骨太な物語を描く。驚いたのは、それが、愛は愛でも、広い意味の愛だったことだ。まず、家族愛。体が弱いのを押してまで出産した母親・晴は、鈴愛を誰よりも愛し守り抜こうとする。それから、恋という概念のまだない幼なじみ・律との絆。ふたりで協力し合い、糸電話やゾートロープ(回転のぞき絵)を作って、平凡な日常に希望の光を灯す。それらの愛情の交感が丹念に描かれ、温かい涙を誘った。

 これは、今までにない、というよりも、テレビドラマの王道中の王道・ホームドラマの復権ではないか。

 北川悦吏子は、鈴愛が高校3年生の1989年にテレビドラマ脚本家デビューしているベテランで、90年〜00年代、彼女の手掛けたドラマは高視聴率を誇った。代表的な作品を挙げると、TBS東芝日曜劇場「Beautiful Life〜ふたりでいた日々〜」(00年)は最高視聴率41・3%、平均32・3%、TBS金曜ドラマ「愛していると言ってくれ」(95年)は最高28・1%、平均21・3%、フジテレビ月9「ロングバケーション」(96年)は最高36・7% 平均29・6%と、現在の朝ドラがだいたい20%前後の視聴率を獲っていて、それがすごいというどころではない高視聴率だ。

 民放のラブストーリーのイメージの強かった北川悦吏子と朝ドラとの相性はいかがなものかと思ったが、実のところ、ドラマ界の女王には、たくさんの人が見る朝ドラこそふさわしい舞台だったのではないか。

 家族愛も恋も笑いも涙も夢も…視聴者のあらゆる欲望を映し出す巨大な鏡のようなドラマを描く作家による渾身の朝ドラ「半分、青い。」は、舞台を東京に移すと、ますます多くの欲望が描かれていくだろう。真骨頂のラブストーリーもやっぱり気になる。(敬称略、視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区)

 ◆木俣 冬(きまた・ふゆ)東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンターテインメント作品のルポルタージュ、インタビュー、レビュー、ドラマのノベライズなどを手掛ける。レビューサイト「エキレビ!」にNHK連続テレビ小説(朝ドラ)評を執筆。2015年前期の「まれ」からは毎日レビューを連載している。昨年5月に近年の朝ドラ復活や過去の名作を考察した「みんなの朝ドラ」(講談社現代新書)を上梓。画期的な朝ドラ本と好評を博している。5月9日にフジテレビ「コンフィデンスマンJP」(月曜後9・00)のノベライズ(扶桑社文庫)が発売予定。

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