神谷浩史×高橋幸宏「おそ松さん」は挑戦的な作品 放送されるたびにドキドキ

[ 2018年3月21日 10:00 ]

対談を行った神谷浩史(左)と高橋幸宏
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 赤塚不二夫さんの漫画「おそ松くん」に登場する6つ子が大人になってからを描いたテレビアニメ「おそ松さん」。第2期の最終回が目前に迫った同作から、チョロ松役の神谷浩史さんと、第2期第2クールのEDテーマ「大人÷6×子供×6」を手がけたYMOの高橋幸宏さんの豪華対談が実現しました。前編では2人が思う作品の魅力をたっぷりと話してもらいました。(構成・西向 智明)

 【高橋】見てますよ。全部録画して。イヤミの回(第18話「イヤミはひとり風の中」)があったじゃないですか。

 【神谷】ちょっと良い話の回ですよね。

 【高橋】そう。あの良い話の翌週が、全く関係なく普段通りの話なのが、おそ松さんらしいというか、面白くて好きなんですよ。

 【神谷】ありがとうございます。現場のスタッフも先の展開よりその瞬間の面白さ優先という感じなので、色々考察したがる人たちもいますが、あまり考えずに楽しんでもらいたい作品ですね(笑い)。

 【高橋】毎回、6つ子がいろいろやってるんだけど、特にオチがない。「これは何だったんだろう」という笑いが起きるのが良いなと思います。

 【神谷】第2期では「げんし松さん」という話を3回やってるんですけど(第3話、第4話、第7話)、みんな原始人の格好をして、「ウホ」としか言わないという…。監督がせりふがなくて動きだけで成立できないかと作ったらしいのですが、内容的にはほとんど下ネタでしたね。なので「これはアリなの?」と思いながら収録をしていましたね(笑い)。

 【高橋】僕らもバンドで音楽をやりながら、音楽以外のナンセンスな要素を入れたりして、他の人がやってないことをやったことがあったけれど、それが面白いと思ってもらえたら強い。おそ松さんがウケているのもそういう所な気がしますね。

 【神谷】まさかこんなに受け入れてもらえるとは思っていませんでした。ギャグ作品に出るのは好きで、収録現場はにぎやかで楽しいですけど、放送されるたびに「大丈夫だろうか」とドキドキしていました。

 【高橋】6つ子それぞれに声優さんが居るというのも新しいですよね。

 【神谷】顔に特徴をつけて色でもキャラクターが分かるようにしてそれぞれ個性を出す…僕も最初に聞いたときは「そう来たか」と思いました。

 【高橋】6人それぞれキャラがあるけれど、これだけずっと出られていると、他の6つ子も演じられるんじゃないですか?

 【神谷】どうでしょう。出来るかもしれないですね。唯一難しいなと思うのがトド松、ピンクのやつですね。一番つかみどころがなくて、どこに特徴を出せばいいのか難しいと思います。僕は「おそ松くん」は鴫野監督が作ったリメイク版で見た世代なんですが、最初にアニメが放送されて、ブームを起こしていた頃はどんな感じだったんですか?

 【高橋】当時は僕も子供でしたが、みんな「シェー」をやってましたよ。ゴジラもやっていたくらいですし、自分の周りでも嫌いな子はいなかったんじゃないかな。

 【神谷】嫌いな人はいないってすごいですね!赤塚先生の作品は本当に愛されていたんですね!

 【高橋】他の作品にキャラクターが登場することも多くて、「あれ、このキャラクターはどの作品だっけ?」というのも面白いんですよね。

 【神谷】確かに多いですよね。ケムンパス(「もーれつア太郎」で初めて登場した毛虫のキャラクター)ってどの作品のキャラクターだっけ?と分からなくなります(笑い)。

 【高橋】「おそ松さん」は大衆向けと言うよりは、挑戦的で見る人に評価をゆだねるような作品ですよね。

 【神谷】ちょっと挑戦的すぎて皆さんついてきてくれるのか心配ですけれどね。それとキャラクターが育ってきているので第1期に比べると記号的でない行動を取ることが多く、チョロ松はツッコミ役としての役割を忘れている気がします。

 【高橋】最終回が3月26日。最後はどうやって終わるのか全く想像もつかない(笑い)。

 【神谷】第1期の最終回は、その前にちょっとまじめな話をやったのに、何事もなかったかのようにおバカな話で終わったんですよね。誰もフィナーレとか考えていないと思います(笑い)。=後編は26日にアップ予定=

 ◇神谷 浩史(かみや ひろし) 1月28日生まれ、千葉県出身。1994年にデビュー。09年からは歌手活動もスタート。「声優アワード」では一般投票の獲得票数が12〜16年の5年連続で最多となり、殿堂入りを果たした。主な出演作品に「物語シリーズ」(阿良々木暦)、「夏目友人帳」(夏目貴志)、「進撃の巨人」(リヴァイ)など。

 ◇高橋 幸宏(たかはし・ゆきひろ) 1952年(昭27)6月6日、東京都生まれの65歳。武蔵野美術大学在学中の72年に「サディスティック・ミカ・バンド」に参加。解散後、ソロ活動などを経て78年にYMOを結成。個人でも楽曲発表や野外フェス開催など積極的な活動を行い、「pupa」「METAFIVE」など多くのユニット、バンドに参加している。

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