北島三郎次男・大野誠さん 51歳孤独死、無念の涙「まさか」

[ 2018年3月8日 05:30 ]

88年、ロックバンド「1st BLOOD」のボーカルとして歌手デビューしたMAKOTOこと大野誠さん(右)を激励する北島三郎
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 演歌歌手の北島三郎(81)の次男で作曲家の大野誠(おおの・まこと)さんが東京都調布市の自宅で、3日に遺体で発見されていたことが7日、分かった。病死とみられる。51歳。東京都出身。通夜は7日、都内で営まれた。8日に近親者で葬儀・告別式を行う。喪主は北島三郎こと父、大野穣(おおの・みのる)氏。北島はこの日夜、都内で会見し「我が子が先立ってしまった」と声を詰まらせた。

 憔悴(しょうすい)しきった様子で会見場に現れた北島は「大事な大好きな可愛い我が子が先立ってしまった。そんなつらさがございます」と言葉を絞り出した。

 「しゃべってると、どうしても泣けてきます」と涙を浮かべ、何度も目頭を押さえ「先立たれるつらさが身にしみました」と繰り返した。

 最後に会ったのは今年1月、事務所の仕事始めだった。体調面では「特におかしなところはなかった」。史上最多タイのG1・7勝を達成した所有馬キタサンブラックの話に花が咲き「馬の歌を作ってみたい」と話した誠さんに「いい曲作ってきたら歌ってやる」と返した。果たせなかった約束。「まさかこんな形になるなんて…」と無念さをにじませた。

 誠さんは事務所の関連企業「北島音楽出版」の常務を務めるかたわら、「大地土子(とこ)」名義で作詞、作曲活動をしていた。独身で、調布市内に一軒家を借り1人で暮らしていた。音信不通が長く続き、不審に思った北島の長男で「北島音楽事務所」社長の大野竜氏(54)と警視庁調布署員が3日に自宅を訪ね、衣服を着たまま倒れているところを見つけた。

 検視の結果、死因は心不全で、推定死亡日は先月23日。発見されるまで8日が経過していた。北島が初めて遺体と対面したのは検視を終えた6日。関係者によると、遺体にすがりつき、号泣していたという。北島は「本当に眠ってるようで…。あまり唐突なんでね」と現実を受け入れられない心境を語った。

 誠さんは亡くなる直前まで、デビュー15周年を迎える北山たけし(44)と、10周年の大江裕(28)の北島の弟子2人のためにデュエット曲を作っていた。自宅には書きかけの譜面などが大量に残されていた。

 一方、私生活では酒量が多く、肝臓を傷めていたようだった。最近、体調を崩していたが、知人は「医者嫌いで、病院に行こうとしていなかったようだ」と話す。

 北島は14年、末弟の大野拓克(ひろかつ)さんを67歳で亡くして以来、16年9月に頸椎(けいつい)手術を受けるなど体調不良が続いた。我が子のように愛したブラックの活躍で元気を取り戻し、今年は歌手活動に本腰を入れようとしていたところだった。8日の家族葬で誠さんを送り出す。周囲は「ショックが大きすぎるので落ち着いてからお別れの会を開きたい」としている。

 ◆大野 誠(おおの・まこと)1966年(昭41)9月5日生まれ、東京都出身。5人きょうだいの2人目として生まれた。88年8月、ロックバンド「1st BLOOD」のボーカル「MAKOTO」としてデビューし話題に。その後は作詞、作曲家に転じ、98年に北島が歌唱したNHKアニメ「おじゃる丸」のオープニング曲「詠人(うたびと)」や「夢人」を大地土子名義で手がけるなど、多数の作品を残した。

 ≪2男3女≫北島には妻雅子さん(80)との間に2男3女がいる。長男は、北島の弟子で演歌歌手の北山たけし(44)や原田悠里(63)らが所属する「北島音楽事務所」社長の竜氏。次女の智子さん(45)は09年5月に北山と結婚した。三女は女優の水町レイコ(43)で、16年2月に俳優の上地慶(34)と結婚している。また、北島自身は5男2女の7人きょうだい。

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