大相撲秋場所中におひとり様鍋~荒井少年と小さな大横綱の話

[ 2016年9月25日 08:00 ]

塩ラーメンには鶏肉を入れた。ワンカップの酒は新潟「菊水」

 【笠原然朗の舌先三寸】“ひとり鍋”がうまい秋だ。

 仕事帰り、遅くまでやっているスーパーに立ち寄り食材を仕入れる。1人用だから野菜は「カット野菜」。キノコ入りなどが100円前後。肉、好みで豆腐…そしてインスタントラーメン。合わせてもワンコイン(500円)でおつりがくる。

 「インスタントラーメンおひとり様鍋」のレシピは後述。鍋料理はそれだけで完結した小宇宙だ。「豪華」とはいえないが、「充実」した晩餐が楽しめる。

 話は飛ぶ。

 ちゃんこ鍋の話。

 これまで食べたちゃんこ鍋の中で一番、うまいと思ったのは墨田区吾妻橋の「ちゃんと亭」。

 豚のげんこつ、鶏ガラ、利尻コンブを3時間煮込み、化学調味料不使用の「無化調スープ」に鶏と合い鴨を合わせた肉ダンゴが合う。おまけに特製スープ味ちゃんこが1人前980円と安いから、たまに顔を出す。

 「ちゃんと亭」のご主人、荒井清克さん(55)は、大鳴戸部屋(1995年に廃業)の元力士。北海道出身でしこ名は「北光」。88年に廃業するまで10年間、相撲協会に在籍した。最高位は三段目。「本当に元力士?」と思うほどのソップ型(相撲用語で「やせている」こと)だが、現役時代の体重も70キロほど(身長は1メートル81)。私は小学生以来の「相撲オタク」だから、荒井さんから聞ける相撲話もうれしい。

 この前に訪れたとき、

7月に亡くなった元横綱・千代の富士の九重親方の思い出話を聞くことができた。

 荒井さんは大鳴戸部屋の力士として初土俵を踏む前、九重部屋で約1年間、“新弟子予備軍”として過ごしていた。親方は井筒から名跡変更で部屋を継いだばかりの元横綱・北の富士。

 なかなか体重が増えず、紹介された大鳴戸部屋へ“移籍”。当時、親方だった元関脇・高鉄山が特注した、4キロの鉛を仕込んだ“特製ベルト”で新弟子検査に合格し、その後の力士人生を歩み始めるわけだが…九重部屋時代の話に戻る。

 荒井さんがジャージー姿で1人、2階の大部屋を掃除していたときのこと。

 「荒井く~ん、コーヒー飲む?」と呼ぶ声がする。声の主は千代の富士。まだ前頭と十両を行ったり来たりしていたころ。それでも荒井少年にとっては雲の上の人。手招きされるまま、関取の個室へ行くと、香ばしいコーヒーの香り。

 「コーヒーが好きでしたね。その時は豆をひいて、サイフォンでいれた本格的なコーヒーを飲ませてくれたんです。味ですか?まったく分からなかった。じゅうたんの上にコーヒーカップを置いての差し向かいですよ。緊張していて…砂糖とミルクは入れましたが」

 筋肉のよろいをまとい、猛稽古で頂点まで上り詰める前のエピソード。

 荒井さんが大鳴戸部屋所属になってからも、千代の富士は場所中、荒井さんを見かけると声をかけてくれたという。

 「“いくつだ?”って聞かれて、僕は年(年齢)を答えたら、“星(勝敗)だよ”って笑っていました」

 少年にコーヒーをふるまってくれた小さな大横綱。単なる気まぐれか、それとも、やせっぱっちの荒井少年に自らの姿を重ねてみていたのか?確かめるすべはもはやない。(専門委員)

 ◎インスタントラーメンおひとり様鍋

 (1)小鍋にカット野菜、肉(鶏、豚など好みで)、豆腐を入れ、水をはり火にかける。吹きこぼれるので水の入れすぎには注意。隠し味で酒を少し加えてもよい。

 (2)具材に火が通ったら、ラーメンスープを加えて味をみる。味に奥行きがないから好みでニンニク(耳かき3杯ぐらい)かゴマ油を加えてもよい。

 (3)麺は残りスープにそのまま投入して煮る。

 ※インスタントラーメンはしょうゆ、塩、味噌など好みで。鍋が煮える時間を利用して、余った豆腐は冷ややっこ、肉はバターしょうゆで炒めれば、3品の肴が完成。

 ◆笠原 然朗(かさはら・ぜんろう)1963年、東京都生まれ。身長1メートル78、体重92キロ。趣味は食べ歩きと料理。

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