つんく♂声帯摘出「生きる道選んだ」 既に楽曲制作、体力づくりも

[ 2015年4月5日 05:30 ]

パソコンを使って会話するつんく♂

 ロックバンド「シャ乱Q」のボーカルで「モーニング娘。」などのプロデューサー、つんく♂(46)が4日、声帯の摘出手術を受けていたことを明かした。母校の近畿大(大阪府東大阪市)で開かれた入学式にゲストで登場して公表。大型モニターにコメントを映し出し、「一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選びました」と説明した。歌手にとっては“命”といえる「声」を失い、芸能界からは励ましの声が上がっている。

 プロデュースを任された入学式のフィナーレ。予告なしに登壇したつんく♂は喉にスカーフを巻いていた。マイクは用意せず、この日のために、したためた「手紙」を舞台上の画面で紹介。声のない祝辞に新1年生約7000人がざわめき始めた。

 文字で「なぜ、今、私は声にして祝辞を読み上げることができないのか…」と切り出し、「声帯を摘出したからです」。その瞬間、場内は一転して静まり返った。そして「がんが治りきらず、摘出するより他ならなかったから一番大事にしてきた声を捨て、生きる道を選びました」と告白。「また振り出しです」と続け、歌い続ける道を命と引き換えに断念した複雑な思いをにじませた。

 声帯摘出手術を受けたのは昨年10月半ば。直前の同月5日には「モーニング娘。」がニューヨークで初の米国公演を開催した。プロデューサーとして現地に同行中、渡米前の検査の結果が出て日本から「がんが見つかった」と連絡が入り、「娘。」たちの晴れ舞台を見届けて緊急帰国。入院中の同17日には文書で「“ショック”と“信じられない”という思い」などと再手術を公表しており、この時点で声帯は失っていた。帰国から1週間~10日前後のわずかな期間で歌手人生の重大な決断を迫られたようだ。

 元モデルで12歳年下の加奈子夫人との間に6歳の双子の長男と長女、4歳の次女がいる。「声」よりも「生」を選んだ理由には夫として父親として3児の成長を見続けたい思いもあったはずだ。

 喉頭がんを公表したのは昨年3月6日。放射線治療などで9月には「完全寛解した」と報告していた。公の場に登場したのは昨年1月のCM発表会以来。「声を捨てて」新しい人生を踏み出した自身を「同じ1回生」と位置づけ、期待と不安を抱えて大学生活を始める後輩たちにエール。新入生を見つめ「おめでとう、おめでとう」と何度も口を動かした。

 校歌斉唱ではギター演奏で参加。1月半ばからキックボクシングを始め体力づくりをしながら楽曲制作も開始した。スタッフらとは筆談などでコミュニケーション。この日も司会者とのやりとりはパソコンを使ってチャットで対応した。

 ◆つんく♂ 1968年(昭43)10月29日、大阪府生まれの46歳。近大在学中だった88年にシャ乱Qを結成。95年に「ズルい女」が大ヒット。98年の「モーニング娘。」でプロデューサーデビュー。JASRAC(ジャスラック)に登録されている制作曲数は1700曲超。ゲームソフトや飲食店など幅広くプロデュースを手掛けている。06年に結婚。趣味は1男2女の子育て。血液型B。

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