日体大にもう1人の二刀流 主務として「日本一の日体大」の夢を追う北内真太

[ 2022年6月7日 09:46 ]

日体大の北内学生委員長(左)と東海大の川上副委員長(撮影・柳内 遼平)
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 全日本大学野球選手権が6日、東京ドームで開幕した。首都大学リーグの日体大は二刀流左腕・矢沢宏太投手(4年)を軸に6年ぶりの出場を狙ったが、リーグ戦は惜しくも2位に終わり出場を逃した。日体大には二刀流がもう1人。チームと首都大学野球連盟を陰から支える北内真太主務(4年)は、大学最後のシーズンとなる秋に実現させたい夢がある。

 「自分より人のため。高校の時の先生からそう教わりました。そのおかげで今があると思っています」

 今秋のドラフト候補に挙がる矢沢が投打の二刀流ならば、北内は運営の二刀流だ。日体大ではチーム活動を統括する主務を務め、首都大学野球連盟の学生委員会では委員長として東海大や桜美林大など強豪ひしめく1部リーグの運営指揮を執る。

 リーグ戦が開催される日は誰よりも早く会場入りし、球場の照明が落ちるまで試合記録のチェックや会計などの業務に励む。青春の大学生活で勉強以外のほとんどの時間を野球に捧げる多忙な日々を送るが「いろいろな方に試合を見ていただけることがやりがい。少しでも首都大学リーグの魅力を知ってほしい」と充実感に満ちた表情で語る。

 上尾高校時代は主に内野手としてプレーし、3年時には主将を務めたリーダシップの持ち主。日体大への進学は「一目惚れ」で決めた。高校2年秋に大学野球の全国大会である明治神宮大会を観戦。スカイブルーのユニホームで日本一に輝いた日体大ナインの姿を目に焼き付け「大学でやるからには日本一のところでやりたい」と進路を決めた。

 上尾での3年夏は記録員としてベンチ入り。自らを「決して上手い選手ではない」として、進学した日体大ではマネジャー志望だったが、まずは選手として野球部に入部した。全国の名門校から集った有力選手たちと必死に汗を流した経験は財産になった。「自分がチームの力になれる場所で」と2年時からマネジャーに転身すると仕事ぶりを評価されて3年秋からは主務を任された。同じ練習メニューをこなしてきた選手からの信頼も厚く「練習をやってきたから思いが分かる。あの1年を頑張ってよかった」と振り返る。

 「“やっていてよかったな”と思う時はやっぱりチームが勝った時。(同学年の)矢沢や打田や勝本の活躍が自分のやりがいになっている」と目を輝かせる。北内はあの瞬間から何も変わっていない。最後の秋。スカイブルーのユニホームで「日本一の日体大」をもう一度。(柳内 遼平)

 <東海大・川上朱里マネジャーと連盟をけん引> 東海大野球部の川上朱里マネジャー(4年、東海大札幌)は首都大学連盟の学生副委員長を務める。北内委員長と連携して試合後の選手会見のセッティングなどを行い「北内君がしっかり者なので二人三脚でやれています」と笑顔を輝かせる。2人が所属する東海大と日体大は優勝を争うライバルで「日体大が負けた日は北内君の機嫌が悪い時もある」と笑う。今春は東海大がリーグ優勝し全日本大学野球選手権に出場。明治神宮大会出場が懸かる秋季リーグで笑うのは北内委員長か、川上副委員長か。時折、火花を散らしながらも息ピッタリな2人が連盟をけん引していく。

 ◇北内 真太(きたうち・しんた)2000年7月10日生まれ、埼玉県熊谷市出身の21歳。小1で野球を始める。中学時代は埼北ボーイズでプレー。上尾(埼玉)では内野手としてプレーし、2年秋から記録員としてベンチ入り。3年時は主将を務める。日体大では2年時にマネジャーに転身。1メートル74、68キロ。右投げ右打ち。

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