中学時代の恩師が明かす「負けない男」のルーツ オリ宮城の原点作った知名朝雄氏「負けた記憶がない」

[ 2021年4月13日 05:30 ]

2015年ジャイアンツ杯で優勝し、チームメートと笑顔の宮城(後列左から4人目)(日本ポニーベースボール協会沖縄連盟提供)
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 高卒2年目で開幕ローテーション入りを果たし、ここまで登板3試合で2勝無敗、防御率1・23の活躍を見せるオリックスの宮城大弥投手(19)。ブレークの予感がする左腕を中学時代に指導した、宜野湾ポニーズの設立者で現在は総監督を務める知名朝雄氏(72)が当時を振り返り、今季同様に「負けない男」だったことを明かした。

 宮城は今季3試合目の登板だった11日の日本ハム戦は7回2失点もリードを許した展開で降板。ただ、9回に同点となり負けが消えた。宜野湾ポニーズで指導した知名氏は「中2から(中学3年の)最後まで、大弥が投げた試合で負けた記憶がないんですよね」と当時を思い出しながら衝撃の事実を明かした。

 アルバムには宮城がチームメートと金メダルやトロフィーを掲げる写真ばかりが並ぶ。リーグ戦やカップ戦など年間40~50試合が組まれ当時は1日7回以内、2日連続では計10回以内のイニング制限があった。「大弥が投げたのは半分くらいかな。点を取られた記憶もない。(2年間)負けなしなんです」。

 中学1年の入団当初に左肘痛を発症したこともあり、右投げ左打ちの外野手だった。「“右も投げられるよー”って言うんです。右も左と同じくらいの球威でした」。患部の状態が改善した2年から投手復帰。同氏の指導方針は「肩だけは人に負けるな」というもので80メートル以上の遠投中心の練習で鍛え続けた。

 「変化球も内角を突く制球も良かった。ピンチで顔色一つ変えない。“これは大物になる”と思いました」

 3月27日の西武戦で57年米田哲也以来の球団10代投手の開幕カード先発勝利を飾り、そこから2連勝。新人王資格も残している。96年以来のリーグ優勝には「勝ち運」を持つ19歳がカギとなりそうだ。(湯澤 涼)

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