ルール撤廃 34歳田沢、10・26ドラフトで争奪戦必至 井原事務局長「環境の変化」

[ 2020年9月8日 05:30 ]

BCリーグ埼玉・田沢
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 プロ野球は7日、ドラフト指名を拒否し海外球団入りした選手のNPB入団を制限する、通称「田沢ルール」の撤廃を決めた。08年に有望な若手のメジャー流出の阻止へ12球団の申し合わせ事項となったが近年、球界内外から疑問の声が上がっていた。公正取引委員会からは独占禁止法に抵触する可能性も指摘されていた。7月にBC埼玉入りした田沢純一投手(34)の10月26日ドラフト会議での指名が可能となり、争奪戦は必至だ。

 日本野球機構(NPB)の井原敦事務局長は、実行委員会で「田沢ルール」の撤廃と、今後も同様のルールはつくらないことを決めたと説明した。「本年のドラフトで田沢選手も選択対象の候補となります」と明言した。

 田沢ルールは08年10月の実行委で承認された12球団の申し合わせ事項。ドラフト指名を拒否し海外挑戦した選手は退団後も高卒は3年間、大卒・社会人は2年間NPB球団と契約できないとしてきた。今年3月にレッズ傘下マイナーを自由契約となり、7月に埼玉入りした田沢の場合、ドラフト指名は21年秋まで待つ必要があった。

 球界内外からルールを疑問視する声は上がっていた。実行委でも12年頃から見直しを求める声が何度か上がっていたという。19年にはスポーツ選手の移籍に関して、公正取引委員会が独占禁止法違反の恐れがある、と表明。陸上やラグビーなどで移籍制限の撤廃が相次いでいた。「公取委から独禁法に抵触する可能性もある、という指摘もあった」と球界関係者。田沢ルールも海外在籍年数などに応じた緩和も協議されたが、撤廃に至った。

 若手の流出阻止へ「当時は対MLBというところが大きかった。日本の野球を守ろうと。それが数年間で環境も大きく変わった」と井原事務局長。12球団の育成環境が当時より格段に整備され、米マイナーよりも待遇、環境の両面ではるかに好条件、という評価も近年では定着していた。メジャー流出への警戒感は薄れ、田沢自身の独立リーグでの帰国も後押しとなった。

 メジャー通算388試合登板の実績を持ち、現在も球速150キロを超える右腕に、各球団が興味を示すのは必至。争奪戦が予想され、12球団のドラフト戦略も大きく左右されることになりそうだ。(後藤 茂樹)

 ▼BC埼玉・田沢(球団を通じてコメント)撤廃を決めていただき、本当にうれしく、尽力いただいたみなさまに感謝いたします。必要としてくれる球団があれば、NPBの舞台でもプレーできたらと思います。そのためにも今は埼玉で精いっぱい投げたいと思います。

 ▽「田沢ルール」 08年のドラフト1位指名候補だった田沢がNPB球団に指名回避を要望し、メジャー挑戦を表明したことを受け、同年に12球団で承認された。ドラフト指名を拒否して海外のプロ球団と契約した選手は退団後、大卒・社会人は2年間、高卒は3年間、ドラフト指名を凍結するというもの。指名漏れした後に海外に移籍した選手は対象外。 

 ◆田沢 純一(たざわ・じゅんいち)1986年(昭61)6月6日生まれ、神奈川県出身の34歳。横浜商大高から新日本石油ENEOS(現ENEOS)を経て、08年にレッドソックスと契約。17年からはマーリンズ、エンゼルスなどでプレー。昨年8月にレッズとマイナー契約を結んだが、今年3月に自由契約となった。メジャー通算388試合で21勝26敗4セーブ89ホールド、防御率4・12。右投げ右打ち。

 ○…日本のアマ球界でプレーした後、メジャーでプロデビューし、ドラフト会議を経てNPB入りした選手は過去に2人いる。マック鈴木は高校中退後に渡米し、96年にマリナーズでメジャーデビューして通算117試合に登板。02年のドラフトでオリックスから2巡目指名を受けた。多田野数人は立大卒業後、03年に入団テストを経てインディアンスとマイナー契約を結び、04年にデビューして通算15試合に登板。07年の大学・社会人ドラフト1巡目指名で日本ハム入りした。

 ○…日本プロ野球選手会の森忠仁事務局長は「早々に協議し、撤廃と判断していただき感謝します。海外に挑戦したいという若者が失望するようなルールが一つなくなり良かった」とコメントした。8月5日のNPBとの事務折衝の際に田沢ルール撤廃を申し出ていた。「ただ海外で実績ある選手が、アマチュアの新人と同じドラフトで、というのは違和感がある」とも指摘。新たなルールづくりの必要性も訴えた。

 

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