【内田雅也の追球】「アンビバレント」な心 併殺打に三振併殺 阪神・大山の揺れ動く感情

[ 2020年8月17日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2―2広島 ( 2020年8月16日    京セラD )

<神・広(11)>8回の打席で初球を見極める大山(撮影・平嶋 理子)
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 落合博満は中日監督時代、「併殺打を打った打者でも握手で迎える」と語っていた。得点が入った時である。

 たとえば、2010年4月15日の横浜(現DeNA)戦(ナゴヤドーム)がある。4回裏無死満塁で遊ゴロ併殺打の井端弘和をたたえた。

 「あそこで最悪は三振かポップフライで次の打者が併殺という攻撃。あの1点がなければ、後の点は入っていない。ああいう野球でいいと言い続けているが、なかなかできない」

 無死満塁無得点が最悪なのだ。1点が入り、なお2死三塁が残れば、続く打者は「随分楽に打席に入れる」とも言った。

 ならば、この夜の阪神・大山悠輔の打撃を落合はたたえただろうか。

 1回裏、無死満塁。フルカウントからの二ゴロで併殺に倒れた。三塁走者は生還し、先取点が入った。2死三塁が残り、続くジャスティン・ボーアの右前打で2点目が入った。結果は落合が言う殊勲かもしれない。

 ただ、どうも打席での大山には迷いがあるように見えた。前の打者、ジェリー・サンズが四球で塁が埋まった。「四球後の初球」は当然の狙い目だが、甘い真ん中付近の直球を見送っている。

 もう一つ。6回裏無死一塁の打席。3ボール―0ストライクから打ちに出てファウル。だが最後は再びフルカウントから今度は外角低めボール球を振って三振。走者スタートのランエンドヒットだったため、サンズ二盗憤死の併殺となった。

 1球ごとに積極と消極が揺れ動く心理が表に出ているような打席だった。

 今季の大山は初球(第1ストライク)から積極的に打ちにいく姿勢が顕著だった。ただ、初球(第1ストライク)に難しい球を打っての凡打が散見されたからだろう。本紙評論家の広澤克実はこの積極姿勢を評価した上で「難しい球は見送る勇気も必要になる」と話していた。そして、積極性のなかに慎重さを求める姿勢を「アンビバレント」と表現していた。辞書には「相反する感情や考え方を同時に心に抱いているさま」をいう。

 欅坂46の曲に『アンビバレント』(作詞・秋元康)がある。<他人に何を言われても 何を思われても 聞く耳持たない><孤独なまま生きていたい>と、一人で生きると決意しながら、最後に<だけど一人じゃ生きられない>。実に複雑な感情を歌っている。

 打者も積極的に打ちにいきたい。しかし、悪球には手を出したくない。アンビバレントである。

 つまり、好球と悪球、狙い球とそれ以外を見極め「打ちにいってやめる」姿勢が求められる。

 難しい精神制御だが、8回裏の打席ではそれが見えた。同点とされた直後。2死二塁で相手は「勝負」できた。初球、打ちにいきながら、真ん中低めフォーク(ボール)を見極めた。結果は3ボールから申告敬遠の四球だった。

 大山は今回の広島3連戦を結局、無安打で終えた。誰でも波のある打撃は下降線なのだろうか。いや、最後の打席、初球の見逃し方、そして心理であれば、再び上昇に向かえるのではないだろうか。そんな期待を抱かせる姿勢だった。

 もちろん、この夜の試合は2―1で逃げ切り勝利が望めた展開だった。8回表に失った1点は、失策と暴投が絡んでいた。チーム失策数37はリーグ最多。そしてチーム暴投数も19でリーグ最多である。ワンバウンドの捕り、止める技術は最高級の梅野隆太郎が捕手でいながら、この暴投数である。直接的な敗因はやはり守りにある。

 ただ、大山には4番打者としての大きな期待感から、望む内容・結果も大きくなる。

 迷いではなく、いい意味でのアンビバレントが望まれる。チームとして引き分けは監督・矢野燿大が言ったように「複雑」だが、大山に求められる心理もまた複雑というわけである。=敬称略=(編集委員)

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2020年8月17日のニュース