気がつけば40年(8)1983年日本シリーズ江川を打った田淵幸一6日間のリハビリ特打
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【永瀬郷太郎のGOOD LUCK!】西武担当1年目の1983年。シーズン前半の話題を独占したのは田淵幸一だった。36歳にして驚異のホームラン量産。4月こそ2本と控えめだったが、5月13本に続いて6月12本と打ちまくった。
王貞治(巨人)の持つ当時のシーズン最多本塁打記録、55本を上回るハイペース。まだ誰も記録していなかった両リーグ本塁打王(その後、落合博満、タフィ・ローズ、山崎武司が達成)は間違いないと思われていた。
ところが、好事魔多し。7月13日、近鉄戦(日生)の5回、柳田豊の投球を左手首に受けて長期離脱を余儀なくされる。大阪市東区の長原病院でレントゲン検査を受けた結果、左手尺骨下端骨折で全治4週間と判明し、患部をギプスで固定された。
そのまま骨折個所がつくのをじっと待てばよかったのに、翌14日に帰京した田淵は広岡達朗監督に薦められた国分寺市の接骨院に向かった。巨人のV9時代を支えた伝説の名医、吉田増蔵氏の下で修行したとされる接骨医。ギプスを外して患部をグッと押す荒療治に「イテテッ、もうやめて下さいよ!」。医院の外まで悲鳴が聞こえてきた。
患部に添え木をし、肩から吊って出てきた田淵は「4、5日で痛みが取れたらすぐに走る」と話していたが、痛みは何日たっても収まらない。改めて日大板橋病院でレントゲンを撮ったら、長原病院ではちゃんと合っていた骨折部分がズレていた。
早く治したいがための荒療治が大失敗だったのである。
また一からギプスで固定。扁桃炎で6日間入院という予期せぬ出来事もあって、ギプスが取れたのは死球から1カ月以上たった8月18日。55~60キロあった左手の握力は20キロまで落ちていた。
離脱した時点での成績は69試合に出場して打率・304、29本塁打、67打点。本塁打は2位のテリー(西武)に6本、3位の門田博光(南海=現ソフトバンク)に9本差をつけていた。55本は無理でも、1カ月で復帰できればホームラン王は十分狙えた。
だが、この年タイトルを獲った門田に29本塁打で並ばれた8月30日の時点で、復帰のメドは全く立っていなかった。気持ちをタイトルから日本シリーズに切り替えたが、左手首の可動域を戻すのに時間がかかった。
ようやく戦列復帰したのは9月24日の37歳の誕生日を過ぎて10月4日の南海(現ソフトバンク)戦(西武)。4番・一塁で、実に83日ぶりの出場だった。それも完治しての復帰ではない。10月29日の日本シリーズ開幕から逆算してのリハビリが目的だった。
田淵が戦列を離れた時点で2位阪急(現オリックス)に12・5ゲームの大差をつけていたチームはさらに差を広げて10月10日に優勝決定。胴上げ、ビールかけには間に合ったが、本来の打撃にはほど遠かった。
復帰後14試合に出場して打率・234、1本塁打、4打点。握力は42キロまでしか戻っていなかった。このままの状態では日本シリーズの4番は難しい。
当時の日本シリーズは全試合DH制が使えなかった。田淵をスタメン起用するには一塁で使うしかなく、その一塁では片平晋作や鈴木葉留彦が頑張っていた。本来の打撃が戻らなければ使えない。広岡監督は21日から3日間の特打を命じた。この3日で見極めようとしたのである。
田淵自身も不安を打ち消したかった。セ・リーグは巨人が優勝。阪神時代に果たせなかった打倒巨人のチャンス到来だ。前年は中日を倒して日本一になったが「巨人を倒してこそ真の日本一」という思いが強かった。
西武第二球場。レフト後方高さ20メートルの金網が揺れるようになったのは、最終日の3日目後半だった。ようやく軌道、感覚を取り戻した田淵は「あと1日」を3回追加。突貫リハビリ特打はシリーズ開幕3日前の26日まで6日間にわたって続いた。
その姿を見た広岡監督に迷いはなかった。「よくなったねえ。これなら行ける」。4番・一塁を決めた。
西武が合宿していた西武園競輪の選手宿舎「共承閣」は外部との連絡が一切禁じられるため、部屋に電話はない。開幕前夜、田淵は四畳半の畳と2段ベッドがある部屋で、畳の上に布団を敷いて寝ようとしたが、2段ベッドに移ってカーテンで囲った。「狭くて寝にくいんだけど、闘志が逃げないようにと思ったんだ」という。
10月29日、西武球場で迎えた第1戦。初回1点を先制し、さらに2点を加えた2回2死一、三塁だった。田淵は体中にたっぷりため込んだ闘志をスイングに込めた。ビデオで何十回も見た巨人のエース・江川卓の2ボールからの3球目。カーブを捉えた打球は高く舞い上がり、左翼スタンド中段の人波を割った。
早々と試合を決める3ラン。西武の大将、頼れる「おっさん」が復活ののろしを上げ、球史に残る死闘シリーズの火ぶたは切って落とされたのである。(特別編集委員)
◆永瀬 郷太郎(ながせ・ごうたろう)1955年9月生まれの64歳。岡山市出身。80年スポーツニッポン新聞東京本社入社。82年から野球担当記者を続けている。還暦イヤーから学生時代の仲間とバンドをやっているが、今年はコロナ禍で活動していない。
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