【内田雅也の追球】リード、走塁で見えた阪神・梅野の「カクテル」思考 巨人の野手、投手起用について
セ・リーグ 阪神11-0巨人 ( 2020年8月6日 甲子園 )
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英文学者、外山滋比古の訃報が試合中に飛び込んできた。7月30日、胆管がんのため逝ったという。96歳だった。
1983(昭和58)年刊行の『思考の整理学』はスポニチ入社2年目、86年に出た文庫版(ちくま文庫)で読んだ。今も若い世代に人気のロングセラーで、累計販売部数250万部を超えているという。
同書のなかに『カクテル』がある。米女性作家ヴィラ・ギャザーの「ひとりでは多すぎる。ひとりではすべてを奪ってしまう」を引く。逆説的な表現だが<ここの「ひとり」とは恋人のこと。相手がひとりしかいないと、ほかが見えなくなって、すべての秩序を崩してしまう>。恋は盲目、であろうか。
同様に論文を書くとき「テーマはひとつでは多すぎる」という。<これがうまくいかないとあとがない。こだわりができる。妙に力む。頭の働きものびのびしない>。いくつかの説を<調和折衷させる>というカクテルでいこうというわけだ。
カクテルは野球でも必要だ。特に考えを巡らせる捕手のリードである。
その点で今季初登板の高橋遥人を7回無失点に導いた阪神・梅野隆太郎は実に柔軟だった。
4―0と差を広げた直後の5回表は大切な守りだった。1点でも反撃されると流れを失う。2死一、三塁のピンチで、代打・陽岱鋼に1ボール2ストライクから高め速球で空振り三振に切った。梅野は珍しくこぶしを握り、ガッツポーズした。
低めにカッター、落ちる「亜大ツーシーム」を配していたが一転、高めを要求したのだ。高橋が奪った11三振の決め球はツーシーム4、カッター3、直球3、スライダー1と多彩で、梅野の「ひとつ」に固執しない思考のしなかやさが見えた。
梅野は走塁も光った。4回裏1死一、二塁。二塁走者で三盗を決めた。サインではないだろう。左腕C・C・メルセデスが足を大きくあげるフォームを突いた。一塁走者もついていく形で二盗し、重盗となった。機を見るに敏、広い視野と柔軟思考がうかがえた。
この重盗で1死二、三塁となり、おかげで相手内野陣は前進守備となった。安打ゾーンの広がった植田海は随分、楽になったろう。あの右中間2点二塁打を呼んだのは梅野だったとみている。
目立つプレーだけではない。2回裏、一走での遊ゴロ二封は間一髪。全力疾走が知れる。5回表の二ゴロ内野安打、一塁悪送球の際のバックアップも素早く、打者走者の二進は間一髪だった。
打つだけ、肩が強いだけ……ではない。つまり「ひとつ」だけではない梅野の美点である。
カクテルを外山は<人を酔わせながら独断におちいらない手堅さ>と記していた。
もう一つ、勝敗とは関係ないが、巨人が行った野手(増田大輝)の投手起用について。
1996年のオールスター第2戦(東京ドーム)。全パ監督・仰木彬(オリックス監督)が打者・松井秀喜(巨人)を迎え、投手にイチロー(オリックス)を起用。全セ監督・野村克也(ヤクルト監督)は代打に投手の高津臣吾(ヤクルト)を送った。野村は松井が打ちとられたら傷つくとプライドを守ったそうだ。また、真剣勝負を汚す演出を冒涜(ぼうとく)行為と非難していた。
今回の巨人の起用に目くじらを立てるつもりはない。相手やファンに失礼とも思わない。救援投手の疲労回避という狙いも理解する。実際、大リーグで連戦中の野手登板も見たことがある。
ただし、面白いとも何とも思わなかった。言えるのは、増田登板で試合の空気は変わってしまったことだ。直後の9回表、主軸の坂本勇人、丸佳浩、岡本和真があっさり3者凡退していた。早く帰りたかったのである。
大リーグの名将、スパーキー・アンダーソンが著書『スパーキー!』(NTT出版)で書いている。デトロイト・タイガース監督時代の1989年、シーズン中の5月11日、傘下の3Aトレドとの交流試合でトレドは監督自らが先発登板した。
<本来ピッチャーでない人間が登板したりすると、その試合は単なる茶番と化してしまう。だれひとり真面目にプレーしようとはしない。打席に立っても、さっさとスイングしてベンチに戻ることしか考えない>。
スパーキーは非難する気はなかったが、この試合の後に<わが生涯でもっとも長い一週間>が始まった。チームは崩れ、休養に追い込まれた。
当時のデトロイトは最下位のどん底で、今の巨人は首位快走。状況は異なっており、今後への影響など分からない。
巨人の野手登板は2リーグ制初めてで、1リーグ時代以来71年ぶりだそうだ。伝統ある老舗球団の歴史的シーンとして覚えておくことにする。=敬称略=(編集委員)
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