コロナショックに戸惑い隠せない選手たち 当たり前に野球ができるありがたみを実感

[ 2020年3月14日 13:51 ]

無観客試合で行われているプロ野球のオープン戦
Photo By スポニチ

 福島支局で勤務していた9年前、見えない恐怖におびえながら生活していたことを思い出した。東日本大震災による福島第一原発の事故。報道をはじめ、ネット上などにも放射能の拡散に関する情報があふれていた。「直ちに健康被害はない」「外出は控え、家に帰ったら手洗いやうがい、シャワーを浴びて」などなど。あらゆることに過敏になり、何を信じて、何を怖がればいいのか分からなくなっていた。

 今や世間は、全世界で感染の拡大が続く新型コロナウイルスの情報で一色の状況だ。3月11日午後2時46分の黙とうを終え、当時の原発事故がもたらしていた事態を新型コロナウイルスに重ね合わせて振り返る自分がいた。もちろん別次元の問題であることは分かっているが、目に見えないものや先行きが見通せない状況に人は強いストレスを感じる。

 プロ野球界も「コロナショック」の余波を受けている。選手たちは当初の開幕予定日だった「3・20」にコンディションのピークを合わせるべく、キャンプから調整を進めてきた。シーズンの開幕延期が決定。一様に「こういう状況なので仕方がない」と口をそろえながらも、戸惑いは隠せない。どの球団も感染予防対策を講じているが、ある球団関係者は「状況が不透明なだけに、選手たちのメンタルのケアも考えなければいけない」と頭を悩ませている。

 外出を禁止したり制限がかけられており、遠征先では球場にいる時間以外はほぼホテルの自室で一人で過ごしている。ある主力野手は「ずっと部屋にいると体が固まる。怪我のリスクにもつながる」と言えば、別の中堅選手も「今はリフレッシュする時間も方法もない」と漏らす。一方で「センバツに出場が決まっていた球児たちのことを考えたら、僕らは恵まれている」という声もよく聞く。

 全ての野球関係者が、当たり前に野球ができることのありがたみをあらためて感じている。目に見えない恐怖とストレスから一日でも解放されることを願うばかりだ。(記者コラム・重光晋太郎)

続きを表示

「始球式」特集記事

「稲葉篤紀」特集記事

2020年3月14日のニュース