【内田雅也の追球】“楽しんだ”結果――大一番に勝ち、CS進出を決めた阪神

[ 2019年10月1日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神3―0中日 ( 2019年10月1日    甲子園 )

4回1死一、二塁、大山は中前に先制適時打を放つ(撮影・大森 寛明)
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 鳥谷敬が姿を現した時、打席に立った時、遊撃守備についた時、スタンドでは赤、緑、白……など無数の光がきらめいていた。ウグイス嬢が「プレーの妨げとなりますので……」とフラッシュ撮影の自粛をうながす放送を行ったほどだ。

 このきらめきは、2005年9月29日、甲子園で阪神がリーグ優勝を決める試合で藤川球児に浴びせて以来ではないだろうか。鳥谷への惜別とクライマックスシリーズ(CS)進出決定の感情が渦巻き、まるで優勝したような喧騒(けんそう)だった。

 その藤川がマウンドにいた試合終了の瞬間、再びきらめいた。まばゆい光の中、阪神は勝った。CS進出を決めたのだ。

 レギュラーシーズン最終戦。勝てば3位で進出、負ければ4位で敗退となる大一番だった。相当な重圧である。こんな時、どうすればいいのだろう。

 リオデジャネイロ・パラリンピック陸上女子400メートルで銅メダルに輝いた重本沙絵のドキュメンタリーを思い出した。8月末放送のNHKで『沙絵さんと洋子さん』と題し、監督・水野洋子との歩みを紹介していた。

 本番前、重圧におしつぶされそうな重本は水野の言葉で自分を取り戻したそうだ。その言葉とは「ダメだったら、また一緒に練習しましょうね」だった。

 そうなのだ。これまで一緒に練習してきた。大会で失敗したり、負けたりすれば、また一緒に練習すればいいんだ、と楽に、前向きになれた。

 指導者のあり方を見た気がする。選手とともに苦しみ楽しむ。成功も失敗も、勝利も敗戦も、すべて一緒に受けいれる。

 「楽しむ」と繰り返す阪神監督・矢野燿大も同じである。これまで幾度か書いてきたが「enjoy」(エンジョイ)は本来「楽しむ」だけでなく「苦しむ」まで含め、享受するという意味である。ニューヨーク支局時代、当地の野球記者に教えられた。

 開幕から4番を任せ続けた大山悠輔を6番に降格させた8月10日、矢野は「また(4番を)奪い取りにいこうな」と声をかけている。言葉にはしなかったが「一緒に」という意味である。

 4番に戻った大山は前日(29日)、ダメ押し2ラン。この夜(30日)は先制の中前打を放ってみせた。

 去りゆく鳥谷もまた練習に重きを置く選手だった。それは出身の早大伝統の精神でもある。早大初代監督で「学生野球の父」と呼ばれた飛田穂洲が唱える「練習常善」である。著書『熱球三十年』(中公文庫)で<練習を生命と心得た>と書いた。不断の努力、練習は日常的な行為なのだ。

 ランディ・メッセンジャー、横田慎太郎、そして鳥谷、高橋聡文……と同僚との情緒的な別れを力に代えてきた。矢野風に言えば「楽しんだ」結果ではないだろうか。

 歴史上、ここ一番に弱かった「ダメ虎」を返上するほど、精神的にもたくましくなっていた。=敬称略=(編集委員)

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