元阪神・鎌田実氏死去 80歳 吉田義男氏らと「100万ドルの内野陣」形成

[ 2019年8月3日 05:30 ]

阪神で活躍し、62年リーグ優勝に貢献した鎌田実さん
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 阪神黄金期に鉄壁の内野陣を形成した鎌田実(かまだ・みのる)氏が1日、肺がんのため、兵庫県内の病院で死去した。阪神球団が2日、発表した。80歳だった。葬儀は近親者のみで行う。

 兵庫県淡路島出身。遊撃手で活躍した洲本高から1957(昭和32)年、阪神(当時球団名は大阪)に入団。59年から二塁手の定位置を獲得し、遊撃手・吉田義男氏、三塁手・三宅秀史氏と「100万ドルの内野陣」を形成した。主に2番打者として62年のリーグ優勝に貢献した。

 63年、米フロリダ州での大リーグ・タイガースとの合同キャンプで見た二塁手ジェイク・ウッドら大リーガーのバックトスを練習の末に習得。日本のプロ野球で初めて本格的に導入し、名手と呼ばれた。

 67年、近鉄移籍。70年、阪神に復帰。71年、兼任コーチ。72年限りで現役を引退した。

 実働16年で通算1482試合に出場、1041安打、24本塁打、264打点、打率2割3分4厘。

 引退後はスポーツ用品店を経営。テレビ解説者、スポーツ紙評論家を務めた。93年、鈴木啓示氏(スポニチ本紙評論家)の近鉄監督就任に伴い、1、2軍で総合アドバイザーを務めた。

 晩年は少年野球などアマチュア野球の育成・指導に尽力した。2002年、淡路島で少年野球教室を開催。09年から神戸市で中学硬式野球カマタ・ベースボール・アカデミー(KBA)を運営。神戸大海事科学部の野球部監督も務めた。高校生の指導にも意欲を示し、14年1月に学生野球資格を回復していた。

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