あの落合博満氏でさえも笑顔にしてしまう野球がある

[ 2019年7月27日 09:00 ]

<都市対抗決勝 JFE東日本・トヨタ自動車>ファンの声援に応えながら始球式に臨む落合博満氏(撮影・白鳥 佳樹)
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 【君島圭介のスポーツと人間】それが社会人野球だ。25日の第90回都市対抗野球決勝戦、東京ドームのマウンドに見慣れないユニホームを着た落合博満氏が立っていた。意外にも人生初の始球式セレモニーだという。

 「届いてよかったよ!」。子どものように喜んだ。「昔の写真を参考にして作ってくれたんだ」。かつて主軸としてプレーし、76年に初の都市対抗野球出場へと導いた東芝府中の復刻ユニホームを落合氏は分厚い手で愛おしそうに撫でた。

 ロッテ、中日で3度の三冠王を獲得した現役時代からバットで話すタイプ。中日監督時代は輪を掛けて笑顔も口数も少なかった。選手としても指導者としても頂点を極め続けながら人生の深淵に立つ哲学者がそうであるように、野球を心から楽しんでいるようには見えなかった。

 ところが、だ。中日監督で日本一になったときも仏頂面を崩さなかった落合氏が、「まさか、こういう記念の大会で始球式をやれるとは感謝の言葉だけですね」と無邪気にはしゃいでいる。それほど社会人野球という世界に魅入られていた。

 高校も、大学も、体育会系特有の世界観に馴染めず、野球を辞めかけた。細い道を通って辿り着いた東芝府中の社会人野球チームで、初めて取り巻く環境まで楽しいと感じた。

 「今もなかなか凄いけど、昔は後楽園球場で、都市対抗の応援はもっと派手だった。相手の攻撃中もおかまいなしだよ。あっちとこっち(一塁側と三塁側)で試合中ずうっと騒いでるんだから」

 落合氏は懐かしそうに目を細めた。同じ工場で働く仲間、行きつけのお店、通りの人、町全体が都市対抗を目指す野球部を熱狂的に応援してくれた。

 今年も千葉市(JFE東日本)対豊田市(トヨタ自動車)の決勝戦には2万8000人が集まって声を尽くして選手を鼓舞した。

 落合氏は「会社と地域が一体となる力が野球にはあるんだよね。こういう時代だからこそ、もっと多くの企業が野球のチームを持って欲しいね」と、願望を明かした。野球というスポーツを日本で支えてきたのは社会人野球なのかもしれない。高校、大学と何も考えずプレーに専念できるのは、企業でも野球を続けられる道があるからだ。

 落合氏は言う。「社会人野球はプロ野球の草刈り場なんかじゃないんだ。ここは社会人が野球をする場所であって、プロを解雇されたらここに来ればいい。ここでプレーしてまたプロに戻るという道があってもいい」。JFE東日本を優勝に導き、社会人野球で最高の栄誉である「橋戸賞」を獲得したのは、偶然にも横浜・DeNAで通算8年プレーした須田幸太だった。

 「俺は東芝府中で都市対抗に出場したからここにいる。扉が開かれたんだよ」。社会人時代の思い出のプレー、打席を聞かれ、落合氏は「都市対抗に出たということが最高の記憶ですよ」と言い、また微笑んだ。(専門委員)

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