ソフトB上林が“平成終幕弾”、右手痛回復で貴重2ラン

[ 2019年4月30日 06:00 ]

パ・リーグ   ソフトバンク9―6日本ハム ( 2019年4月29日    ヤフオクD )

9回2死二塁、2点本塁打を放った上林(撮影・高橋茂夫)
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 ソフトバンクは29日、日本ハムとの乱打戦を制し、平成ラストゲームをリーグ首位で終えた。1点リードの9回に上林誠知外野手(23)が貴重な4号2ラン。これがパの平成最後の本塁打となった。

 平成7年生まれの7番打者は、右手をアイシングしながら帰りのバスに向かった。7―6の9回2死二塁。上林は浦野の外角球を左翼席に運んだ。22日ぶりの一発となる4号2ラン。平成のパ・リーグ最後の本塁打を記録し「うれしいです。でも、平成とか令和ではなくて、新しい月が始まるので、上げていきたい」と前を向いた。  前身球団ダイエーの1年目は平成元年。同年の開幕戦、4月8日の日本ハム戦でパ・リーグ1号を放ったのがダイエーの広永だった。最初と最後にホークスの選手の名が刻まれた。

 上林は17日のロッテ戦で右手甲に死球を受け、痛みを抱えながらプレーを続ける。箸を握るのはもちろん、ズボンのファスナーを上げる動きでも痛みが走り「“ツーン”という感じ」。ところが、平成ラストゲームを前に回復。「朝起きたら手の調子が良くていけるかなと」と好感触を得て臨んだ。2回は左前打、5回は一挙4得点につながる右前打。節目の一戦を4月14日の楽天戦以来、今季2度目の猛打賞で飾った。

 チームは平成時代に7度の日本一を誇るが、山あり谷ありの31年だった。平成7年(95年)から指揮を執った王貞治監督時代には、バスに向かって生卵が飛んできた。5年かかって優勝をつかみ、翌年には巨人・長嶋茂雄監督との「ONシリーズ」で平成の野球界を盛り上げた。平成17年(05年)に、球団はソフトバンクホークスへと生まれ変わった。

 0―4から逆転し、平成ではパ・リーグ2位となる2142勝目。首位をキープしたまま新元号を迎える工藤監督は「ケガ人が出ている中、みんなで力を合わせてよく戦っている」と、ナインをねぎらった。(川島 毅洋)

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