「優勝できました」と明言した阪神・矢野監督 言葉が武器の「予祝」
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【内田雅也の広角追球】沖縄にいる。今月5日の旧正月、海人(うみんちゅ=漁師)の間には旧暦が色濃く残り、漁業が盛んな本島南部・糸満では大漁旗をなびかせ、ごちそうで盛大に祝う。
旧暦は農業や漁業に都合がいい。旧暦1日の新月は植え替え、15日の満月は種まきにいいそうだ。満潮や干潮、満月と新月で大潮になるのは月の引力の影響だ。
古来、旧暦に応じて、冬の時期から農作業のしぐさをまねたり、田植えの前に豊作を祝ったりする農耕儀礼を「予祝(よしゅく)行事」という。辞書にもある言葉だ。
春の花見や夏の盆踊りも秋の豊作を先に祝ってしまう前祝いの儀式だった。未来を先に喜び、祝ってしまうことで、現実を引き寄せる。日本人は昔から予祝の効果を知っていたのだろう。
阪神監督・矢野燿大は予祝を実践している。キャンプ最初の練習休日だった4日、毎年恒例、球団主催のマスコミ関係者との懇親会があった。乾杯の音頭に立った矢野はこう言った。
「皆さんのおかげで、2019年、優勝できました! ありがとうございました。それでは3、2、1、かんぱ〜い!」
まるで、優勝祝賀会のように「優勝できました」と言ったのである。あれは予祝だと隣席の球団社長・揚塩(あげしお)健治と話していた。
後に確認すると、矢野は「はい、そうです。予祝です」と言った。むろん、その言葉も効果も承知している。
「とにかく言い切ってしまおうと思いまして、僕はそうしています。“優勝したい”ではなく、“優勝します”。これは選手たちにも話していることです」
そこには、昨年最下位だからとか、わざわざ口に出さずともとかいった、てらいなどない。
ひすいこたろう、大嶋啓介の共著『前祝いの法則 予祝のススメ』(フォレスト出版)に<言い切ることから奇跡ははじまる>とある。
たとえに、フランスの医師、自己暗示法の創始者と呼ばれるエミール・クーエ(1857―1926年)の「クーエ療法」が紹介されている。患者に毎朝「毎日少しずつ、わたしの体のすべてがますます良くなりつつあります」と唱えさせる。これだけで多くの患者に驚異的な回復が見られたという。<ポイントは「〜なりたい」ではなく、「〜です」「〜なりつつある」「〜である!」と言い切ることです>。
矢野も同書を読んでいた。自己啓発に興味を持つ矢野は「いろんな人と関係ができ、つながりも広まりまして」と、大嶋とも近く面会する予定があるらしい。
同書にもあったが「ミスター・プロ野球」長嶋茂雄は試合前、自宅で紙にマジックで「長嶋 サヨナラ本塁打」とスポーツ紙の大見出しのように書き、実際その通りの活躍をしたことがあった。
新庄剛志は阪神時代、試合前練習中、外野スタンドに小学生の女の子を見かけ「今日はあの子のところにホームランを打つ」と誓い、同僚にも伝えた。試合で本当にその場所に打ち込んだことがあったと聞いた。
矢野が監督就任時に掲げた方針3か条「超積極的」「諦めない」「誰かを喜ばせる」。なかでも「誰かを――」は大切な目標である。
「優勝という目標は何か物足りなくて、それは当たり前の目標だし、優勝より上は何だろうと考えたとき“誰かを喜ばせる”となったわけです」
これも先の書には<「誰かを喜ばせたい」という思いが、喜びの最上級であり、最上級の予祝なのです>とあった。
<野球を例にあげるなら>と、少年のころ、父親とのキャッチボールが楽しかった、その父親が喜んでくれて野球が好きになった、母親も一緒に喜んでくれた……といった<原点>を思い返すべきだとある。
常々感じていたことだが、矢野は監督就任以来――いや、何年か前から徐々に――言葉が豊かに、そして強くなっている。「そうですね。少しずつ前向きになってきたと自分でも思っています」と本人も自覚していた。
グラウンド上でも選手の話にもよく耳を傾け、対話している。かける言葉は「超積極的」で、その言葉に乗って、選手たちが前を向いている。
「プロのレベルまで来れば、技術の差はわずかです。僕の仕事は言葉でいかに選手を前向きにさせるられるかだと考えています。たとえば、(藤浪)晋太郎でも“四球はダメ”ではなく“四球でも0点に抑えればいいじゃないか”と声をかける。失敗しても、次に前向きになれるようにしていきたい」
軍隊式の命令や訓練、果ては体罰といった時代はとうに過ぎている。指導者が選手を導く手段は言葉でしかない。矢野は、そんな重要な言葉を操り、そして武器にできる指揮官だとみている。
キャンプイン前日(1月31日)の全体ミーティングで「やり方よりあり方」を強調した。「みんな、やり方ばかり気にするけど、自分はどんな選手になりたいか、どうやって試合に出て行くのか。そこに向かっての練習は見えてくると思う」。手段や方法よりも夢が先にある。
自分の望む「あり方」というのも予祝に通じている。矢野は、どこか夢先案内のような、言葉の力でチームを変えようとしていた。=敬称略=(編集委員)
◆内田 雅也(うちた・まさや) 1963(昭和38)年2月、和歌山市生まれ。桐蔭高―慶大卒。大学時代は文学部で『ことばと文化』『武器としてのことば』などの著書がある鈴木孝夫教授(現名誉教授)の講義に聴き入った。大阪紙面で主に阪神を追うコラム『内田雅也の追球』は今年13年目を迎えた。
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