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加藤 完全復活の支えは工藤氏から学んだ心得

安藤(左)、福原(右)とともに救援陣の柱となった加藤

 「苦労」の支えは「工藤」―。好調阪神の救援陣を支える加藤康介投手(35)が、完全復活の裏に隠された逸話を本紙に明かした。ロッテで始まったプロ生活は最初の2年で計20勝。順風満帆…のはずだったが、オリックス、横浜と渡り歩く中で壁にぶつかった。そこでヒントをくれたのが、あの200勝左腕。大先輩から得た、「もうひと花咲かせる」秘けつとは―。

 サングラスがカクテル光線にきらめく。「ピッチャー、加藤」。今や阪神ファンには安心感を呼ぶ名前だ。75試合中34試合に投げ、防御率は驚異の0・90を誇る。

 「余裕というか、打者との勝負を楽しめる感覚が少し出てきた。今まではどうしてもすごく固い感じで考えていた部分があったんですけど、最近に関しては“こういう形で打ち取ってやろう”とか、いろいろ考えながらマウンドに行ける。その通りになったときは、それに越したことはない。純粋に打者との勝負を集中できている」

 ロッテから07年にオリックスへ。だが、2試合の先発に終わり、翌08年は1軍登板がなかった。どん底からの再起。09年から所属した横浜(現DeNA)時代の工藤公康氏(現野球評論家)との出会いが大きかった。

 「同じ左投手ですけど、自分がそれまでやっていた野球と、全然考えている深さが違いましたね。だからダメだったんだな、と思わされた。いい意味で野球をもっと考えて、体を勉強して、全体的にいろんなことを考えていかないといけないな、と思いましたね。工藤さんの域にたどり着くまで、まだまだ全然足りないですけどね」

 教えを請う上で、自分から動いた。このままでは終わる―。ベテランの域にさしかかっていた男には危機感があった。

 「いつだったか、初めは自分から工藤さんに聞きに行ったんです。ブルペンで“じゃあ投げてみろ”というところから始まってね。いろいろ怒られましたね。そんな中でも、親身に教えていただけるようになった」

 言葉はいらなかった。野球人として、ただ背中を見ているだけで得るものは計り知れなかった。

 「自分の場合、言葉より姿勢の方で刺激を受けた。技術面、精神面、私生活に至るまで、多くのアドバイスをもらいました。自分が変わる上で、すごく大きかった」

 横浜でも2年で戦力外になったものの、10年オフに阪神のテストを受けて合格。もう一度晴れ舞台へ立つ挑戦権を得た。その胸には「謙虚」の2文字しかない。

 「自分は何も変わっていないと思いますよ。どう変わったというよりも、やっぱり家族も食事面で努力してくれたりね。僕よりも周りの人が努力してくれたおかげなんじゃないかな。それを(周囲が)加藤が変わった、と錯覚してくれてるんじゃないかな」

 勝負の夏がやってくる。私生活で一番気をつけているのが食生活だ。

 「基本的に食べられるものは何でも食べる。疲れているときには疲労回復を促進してくれるものですね。あとは量を減らさないようにね。そういうのをし始めてから、夏場に体重が減るということはなくなりましたね。横浜時代から、逆に増えるようになったんです。それまでは絶対に夏場に体重が5~6キロ激減して、スタミナ切れすることもあった。今は春のキャンプに入る前が一番やせているんです。そこから夏に向けて10キロくらい増えますね」

 12日から前半戦のヤマ場、甲子園6連戦を迎える。首位・巨人追走へ、加藤の原動力は「仲間への感謝」だ。

 「安藤さん、福原さんたちから見習うことばかりで、全然足もとにも及ばない。いつもいろんなことを見ながら、吸収させてもらっています。これからも行けと言われたら行く、それしかないですね」

 ◆加藤 康介(かとう・こうすけ)1978年(昭53)7月2日生まれ、静岡県出身の35歳。清水商、日大を経て00年ドラフト2位(逆指名)でロッテ入団。ルーキーの01年に9勝、02年には自己最多の11勝を挙げる。07年開幕直後にオリックスへ金銭トレード。08年オフに戦力外となり、トライアウトを経て横浜入り。主に中継ぎとして起用されるも、10年オフに2度目の戦力外。阪神が獲得する。通算成績は255試合で25勝41敗1セーブ、防御率4.41。1メートル81、86キロ。左投げ左打ち。

[ 2013年7月12日 10:06 ]

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