【デュアルモーグル】堀島行真 日本男子初の銀 初代王者にあと一歩「プレッシャー ミス招いた」

[ 2026年2月16日 03:00 ]

ミラノ・コルティナ冬季五輪第10日    男子デュアルモーグル ( 2026年2月15日    リビーニョ・エアリアル・モーグルパーク )

決勝、レースを終え悔しげな堀島行真(撮影・小海途 良幹)
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 2選手が並走する対決方式の新種目デュアルモーグルの男子が15日に行われ、堀島行真(28=トヨタ自動車)が銀メダルを獲得した。五輪メダルは計3個となり、2個で並んでいた里谷多英を抜き、日本のモーグル選手として単独最多。モーグル男子日本勢では初の銀メダルとなった。初出場の島川拓也(27=日本仮設)が4位と奮闘した。

 ドラマチックな一日の最後は、堀島自身のミスであっけなく終わった。決勝は最後の五輪を表明しているW杯通算100勝の“王様”キングズベリーとの直接対決。「一番プレッシャーを感じる選手と当たり、ミスを招いてしまった」と第1エア後のターンがずれ、体勢を立て直せずに勝負あり。「決勝が終わった後は申し訳ない気持ちはあったが(2種目の)メダルを獲れたのは自信になった」と3度目の五輪を総括した。

 ただ2人同時に滑る対決方式の新種目デュアルモーグルの醍醐味(だいごみ)を、最も体現したと言っていい。実力者ページとの初戦の2回戦、ターンが乱れて第2エア後には転倒。後ろ向きに起き上がると、そのまま滑り降りて先着した。相手の途中コースアウトに助けられて勝利。「後ろ向きで滑るのは割と簡単。コブ斜面ではやったことがないので、正直怖かったですけど。身体能力が全て出たかな」と胸を張った。

 高校時代は岐阜県池田町の自宅から三重県桑名市のウオータージャンプ施設まで自転車で通い、1日100本の練習をこなした。パルクールなどの異種目を練習に取り入れたこともあり、北京五輪の開会式ではバック転を披露。長年抱えていた腰痛の不安がなくなった現在は、デッドリフトで190キロを上げる身体能力と体力が、初戦敗退の危機を救った。

 それでも悲願の金メダルに届かなかった。「どんな強い力でやっていけば、金メダルに届くんだろうと凄い想像力が湧く一日になった」と語り、4度目の五輪を目指すことを明言した。キングズベリーからは「次(の五輪)も頑張ってほしい」とエールを送られた堀島。王座奪取はならなかったが、また4年をかけて実力を蓄え、今度こそ表彰台の頂点に立ってみせる。 (阿部 令)

 ◇堀島 行真(ほりしま・いくま)1997年(平9)12月11日生まれ、岐阜県出身の28歳。岐阜第一高、中京大出。小4で本格的に競技を始める。3大会連続の五輪代表で22年北京大会銅メダル。世界選手権は25年にモーグル優勝、デュアルモーグル2位、17年には2冠。家族は22年北京五輪代表の輝紗良夫人(25)と1児。1メートル70。

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