元幕内・大奄美が引退会見 亡き恩師、憧れの大先輩と3ショットに収まり感無量の様子

[ 2026年1月20日 15:00 ]

<大相撲初場所10日目>鹿児島商業高校相撲部元監督の禧久昭広さんの遺影を手にフォトセッションに臨む大奄美(右)、千賀ノ浦親方(撮影・大城 有生希)
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 16日に現役引退を発表した大相撲の元幕内・大奄美(33)=本名・坂元元規、鹿児島県出身、追手風部屋=が20日、東京・両国国技館で会見し「プレッシャーに弱いタイプだったので、それがなくなってホッとしています」と心境を述べた。10年間の土俵生活を終え「ひと言で言えば痛かった。心も痛くなるし、体も痛くなる。という感じです」と独特の言い回しで振り返った。

 鹿児島商高から日大に進み、2015年に全日本実業団選手権を制した。16年初場所で幕下15枚目格付け出しで初土俵、17年初場所で新十両に昇進し、同年九州場所で新入幕を果たした。関取は通算で50場所務めたが、昨年名古屋場所で幕下に陥落し初場所は西17枚目で初日から休場していた。引退を決断した理由については「膝をケガしていたし、思うように体が動かなくなり決意しました。負けている自分自身に情けなくなった。そこが大きかった」。母には「体の限界です」と伝え、師匠の追手風親方(元幕内・大翔山)からは「良く頑張った」とねぎらいの言葉をかけられたという。「感謝の気持ちを大事にした。みなさんに支えられました。相撲界に来て良かった。一般社会ではできない、いろんなことを経験できた。悔いはありません」と話した。

 十両昇進と同時に「大奄美」に改名。「奄美大島を知ってもらいたいという気持ちでつけた」と土俵に上がった。思い出の一番にも同じ奄美出身の里山、明生との対戦を挙げ「小さな島から3人も関取が出て、相撲を取れたというのは自分の中ではすごいこと」と振り返った。会見では「中学、高校、大学の先輩で憧れの人」と語る元幕内・里山の千賀ノ浦親方が登場し花束贈呈するサプライズ演出があった。

 引退発表した前日15日には高校時代の恩師で元アマ横綱の禧久昭広さんががんのため57歳で死去した。大奄美は昨年末に病床の恩師を見舞い、1月17、18日は葬儀・告別式にも出席。「最後に先生に会えて良かった」と柔和な表情を浮かべた。相撲協会には残らず、断髪式や今後の予定なども未定だが「ご飯やさんをやってみたい気持ちはある」と明かした。

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