白鵬が常に求め続けた自分を脅かす存在 新横綱・照ノ富士の優勝も引退の一因に

[ 2021年9月28日 05:30 ]

17年7月、大相撲で単独史上1位の通算1048勝目を挙げた白鵬
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 【記者フリートーク】白鵬を取材するようになったのは16年4月から。優勝は36回を数え、強さは群を抜いていた。取材の中で次に達成できそうな記録を伝えると「いいねえ」と言ってニヤリとし、それをモチベーションにした。当時、自分を奮い立たせてくれるのは記録しかなかった。裏を返せば自分を脅かす存在を求めていた。

 17年初場所後に横綱に昇進した稀勢の里がその一人になりかけたが、横綱同士での対戦は18年秋場所の1度だけだった。ただ、その存在は常に気に掛けていた。稀勢の里が左胸の故障に苦しんでいた18年春場所の前には、田子ノ浦部屋への出稽古で胸を合わせた。19年初場所で稀勢の里が引退すると「寂しいものがありました」と漏らした。紛れもない本音と伝わった。

 今場所は新横綱の照ノ富士が優勝した。ようやく相撲界を託せる存在が現れたことも、引退を決めた一因になったはず。相撲界以外にも広い人脈を築き、さまざまなことに耳を傾けてきた横綱だけに、今後もいろいろなものを取り入れながら、自分を超えるような力士を育ててくれることを期待しています。(97~00、02、16~20年担当・佐藤 博之)

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