中村匠吾、涙の62位「つらい2年間…色んな方の支えでスタートラインに」持ち味の勝負強さ発揮できず

[ 2021年8月8日 09:27 ]

東京五輪第17日 陸上男子マラソン ( 2021年8月8日    札幌市内 )

中村匠吾
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 東京五輪男子マラソンが8日、札幌市内の周回コースで行われ、中村匠吾(28=富士通)は62位だった。

 レース後に中村は「本当にここまでつらい2年間だったんですけど、色んな方の支えでスタートラインに立つことが出来て最後までこんな結果ですけど良かったです」と涙を流した。「色んな故障だったりコロナ渦の中なかなかうまく調整できない部分もあったんですけど、本当にスタッフの方をはじめトレーナーさん本当に多くの方に支えられてゴールすることが出来たと思います」と感謝の言葉を口にし、「結果が全ての世界なので、またもう1度戻ってきて強い姿になれるように頑張りたいと思います」と先を見据えた

 今回のレースについては「前半もう少しスローペースで動くかなと思っていたんですけど、予想以上にある程度早いペースで進んでいたので自分の体と相談しながら後ろでしっかり自分のペースを守って走ることを考えていたんですけど、途中から思っていたよりも動かなくて辛い42キロだったんですけど、本当にたくさんの方に応援して頂いてゴールすることが出来たと思います」と振り返った。

 元日の全日本実業団対抗駅伝をエース区間4区で区間2位タイの好走を見せ、富士通12年ぶりの優勝に貢献。五輪イヤーは幸先のよいスタートを切った。しかし、2月のびわ湖毎日マラソンは左腓骨(ひこつ)筋腱しょう炎で欠場。テスト大会の一環として行われた5月の札幌マラソンフェスティバルも左足甲の痛みで欠場した。

 2レース連続でフルマラソンを走れないことで不安視する声もあったが、一発勝負の19年マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で五輪切符をつかんだ勝負強さを発揮。“ぶっつけ本番”となった自国開催の夢舞台で、92年バルセロナ五輪で銀メダルを獲得した森下広一(トヨタ自動車九州陸上競技部監督)以来、29年ぶりとなるメダルを目指したが、夢実現はならなかった。

 ◆中村 匠吾(なかむら・しょうご)1992年(平4)9月16日生まれ、三重県出身の28歳。上野工(現伊賀白鳳)―駒大。主将を務めた4年時に、箱根駅伝1区区間賞。17年日本選手権5000メートル3位、18年びわ湖毎日マラソン7位(日本人1位)、19年マラソングランドチャンピオンシップ優勝。1メートル72、55キロ。好きな食べ物は焼き肉。

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