レスリング・乙黒拓「何も覚えていない」残り14秒で逆転世界一!76キロ級の兄・圭祐の無念晴らした

[ 2021年8月8日 05:30 ]

東京五輪第15日 レスリング男子フリースタイル65キロ級 ( 2021年8月7日    幕張メッセ )

レスリング男子フリー65キロ級で優勝し、記念写真に納まる乙黒拓斗(右)と兄の圭祐
Photo By 共同

 レスリング男子フリースタイル65キロ級は乙黒拓斗(22=自衛隊)が今大会男子唯一となる金メダルを獲得。女子50キロ級の須崎優衣とともにJOCエリートアカデミー出身で未来のレスリング界を担う男女の逸材の活躍で、日本勢は過去最多の64年東京大会に並ぶ金メダル5個を達成した。

 ブザーが鳴ると、何度も右拳を握った。乙黒拓の目は赤く染まっていく。マットに一礼すると、自らが信じる「レスリングの神様」に語りかけた。「2日間4試合、楽しい試合ができたので、ありがとうございました」。同郷で憧れの米満達弘の12年ロンドン以来、男子2大会ぶりの金メダル。表彰台に届かなかった76キロ級代表の兄・圭祐の悔しさも晴らした。「本当に夢がかなって、信じられない」と男泣きした。

 土壇場で強さを見せた。2―2ながら最後のポイントを取った相手優勢の、残り14秒。決死の攻撃で相手右足を取って倒した。2点を加えて逆転し、相手チャレンジの失敗で1点を追加した。「ラスト30秒、負けてたのは覚えている。それからは本当に何も覚えてない」。重圧にも耐え、22年の人生で最も濃厚な6分間を戦い抜いた。

 8畳間が夢への出発点だった。父・正也さんの影響で兄に続いてレスリングを始め、土日しか練習のない地元クラブだけでは物足りなくなった。布団を買い込んで団地の床に敷き、階下の留守を見計らって父子3人で特訓。一軒家に引っ越すと、8畳の和室にマットを敷いて、父の特別メニューで夜10時まで汗を流した。学校は休憩。帰れば厳しい練習に明け暮れた。「練習の虫」と呼ばれる男の原点だった。

 5歳から目指した最高峰の舞台に、兄弟で立った。不振や度重なる負傷があっても諦めなかった。栄光をつかんだ今、あの8畳の日々を思い出す。「(当時は)今の自分を目指して、一生懸命やっていた。あの時だったら、信じられないかもしれない。本当に獲るなんて夢のよう」。試練を乗り越えてきた若きレスラーに、レスリングの神様はほほ笑んだ。

 《小5から山梨学院大の練習に参加 小幡コーチ「努力できる天才」》山梨農林高で競技をしていた父・正也さんは一度やめたレスリングへの熱が社会人になって再燃。思いを託す形で始まった息子2人との鍛錬の日々を「生活というよりほぼトレーニングという感じだった」と振り返る。玄関にはレスリングシューズが置かれ、学校から帰ると履き替えて家に上がる2人に徹底的に基礎を叩き込んだ。乙黒拓の左右どちらの構えにも対応する器用さは、幼少期に父の指導で培われた。小5になると、練習場所と質の確保を求めて、兄と一緒に近所の山梨学院大の練習に参加するようになった。兄がエリートアカデミー入校で上京してから、乙黒拓はランドセルを背負って学校帰りに一人で大学に通った。主にウオーミングアップやダウン中に入れてもらう形だったが、練習終わりには同大の小幡コーチに「技を教えてください」と頼みに来るほど真面目。「拓斗ほど努力ができる選手を見たことがない」と小幡コーチ。22歳の怪物は、努力できる天才だった。

 【乙黒 拓斗(おとぐろ・たくと)】
 ☆生まれとサイズ 1998年(平10)12月13日生まれ、山梨県笛吹市出身の22歳。1メートル73。

 ☆競技歴 元レスリング選手の父・正也さんの影響で、74キロ級代表の兄・圭祐とともに5歳から本格的に始める。山梨ジュニアや山梨学院大で練習し、中1でJOCエリートアカデミーに入校。東京・帝京高―山梨学院大卒。

 ☆実績 全国高校総体3連覇。18年6月の全日本選抜選手権を65キロ級で初制覇し、同年の世界選手権で日本男子最年少世界王者に輝く。

 ☆趣味 アイドルグループ「乃木坂46」の大ファンでライブにも足を運ぶ。リラックス方法は豆からひくコーヒータイム。以前は紅茶にはまっていた。

続きを表示

2021年8月8日のニュース