五輪選手村・川淵村長単独インタビュー 開催消極的な世論に疑問、成功させて“努力の証”に

[ 2021年6月23日 05:30 ]

色紙を持つ川淵三郎氏
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 新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期となった東京五輪も、23日で開幕まであと1カ月。各国・地域選手団の入国も始まり、アスリートを受け入れる選手村もメディアに公開された。選手村の村長を務める川淵三郎氏(84=日本トップリーグ連携機構会長)が単独インタビューに応じ、開催に消極的な国内世論を嘆くとともに、交流が難しい現状へのジレンマを口にした。

 ――IOC(国際オリンピック委員会)幹部も来日して、開催ムードが高まってきた。
 「前から言っているけど、開催は決まっているんですよ。IOCが機関決定しているから。開催か中止かを日本が言えるわけがないということを、みんな分かってなかった。やめるなら返上しかない。開催する、しないという議論そのものがおかしいと思うけど、そういうことを言うと罵詈(ばり)雑言の嵐。ツイッターも炎上した(笑い)」

 ――反響が大きい。
 「じゃあ返上しますという時、どういう理由にするのか。感染状況がひどくて開催できないといっても、欧州各国と比べて死亡率などが低い日本がなぜ返上するのかと言われるだけ。それでも返上すれば、日本人は意気地がない、世界的なイベントを成功させる気概がないのかと、世界から蔑視(べっし)される可能性があることを誰一人語っていない。日本は臆病風に吹かれて、国を挙げた努力もしなかったという汚名が何十年、百年以上残る。子孫のプライドをおとしめるようなことを今の人たちがやっていいのか」

 ――五輪好きの国民からここまで嫌われるとは思わなかった。
 「マスコミの誘導だよね。全てと言ってもいいぐらい、ワイドショーの司会が反対の立場でモノを言う。これはダメだ、ばかりで、こうすれば良くなるという議論をほとんど聞かない。日本全体が病んでいるとしか思えない。昔、全部の新聞社が戦争をやろうとあおって、国民も賛成した風潮とまるで変わらない。話も国内事情ばかり。日本だけで勝手に生きていけるわけじゃない。国際社会との連携で今があるんだから。各国が反対といっているのならともかく、IOCの中でやるなと言っている国はどこもない。後世の日本人は、この時代の人間に対して落胆し、だらしないと思うに違いない」

 ――開催されれば国民感情も変わるか。
 「だからといって、それ見ろとか言う気はない。多くの人の努力によって成功してよかったと、冷静な気持ちで言いたいね。感染を抑えるために関係者は本当に努力してきた。それでも、まだ反対とか…。医師会の会長も医療危機、医療危機と言うばかり。医師会としてもこんな努力をしています、だから医療崩壊にならないように、皆さんも協力してください、ということを言わない」

 ――その感染対策を徹底すればするほど、64年東京五輪で川淵さんも体験した選手村での交流が減る。
 「スポーツを通じて連帯と友情を培い、お互いを理解し合うことで世界平和を目指すというのが五輪憲章。その友情と連帯を培うのに一番重要な場所が選手村なのに、今は培っては困るという状況。その中での選手村のあり方と言われても想像を絶する。少なくとも選手がリラックスして過ごせればいいと思うけど、食事もできるだけ短い時間で、しゃべらないでと。こんな五輪は初めてだよね?」

 ――初めてですね。
 「選手たちはどんな気持ちで過ごしたのかという記録をしっかり残すことが、我々に課せられた課題。全てが制約された中で選手のストレスは大きいと思う。そのストレスにどういう対応ができるのか、いろんな事例を記録して、次に最悪の場面を迎えた時に参考にできるようにしたい」

 ――アスリートは安全であれば選手村を評価するだろうが、それだけでは寂しい。
 「選手村を回って選手と話したいけど、それ自体がダメ。その状況で何ができるか、試行錯誤になる。国によっては、バブルの中に独自のバブルをつくりたいとも言っている。より厳しくしたいと。それなのにマスコミは、選手がルールを破って悪いことをするのではという話ばかり。陽性になれば出場できないし、違反すれば資格を取り上げられる可能性もある。選手が一番神経質なのに。そんな報道は聞くに堪えない」

 ――共有スペースで交流できず、逆に監視が求められている。
 「選手村での監視を厳しくするとか、選手にストレスを強いるところがある。あまり過度になるようだったら、僕としても注意をしたい。選手は伸び伸びと試合に向けて準備できればいいと思う」

 ――現場で見聞きして、日々対応していくことが村長の務め。
 「それはできると思う。各国が任命しているコロナ対策責任者の話を聞いて、連携を密にしていくことが大事になるかもしれない」

 ――世界のアスリートへメッセージを。
 「本当にリラックスできる環境を整えたつもりだ。今までと違って不便なことはあるけど、パンデミックでの五輪だからこそ、みんなでしっかり防疫態勢を整えて、五輪を成功させるために一緒に戦っていきましょう」

 ◇川淵 三郎(かわぶち・さぶろう)1936年(昭11)12月3日生まれ、大阪府高石市出身の84歳。三国丘高―早大―古河電工。サッカー日本代表FWとして64年東京五輪ベスト8など国際Aマッチ26試合8得点。日本代表監督などを経て91年にJリーグ初代チェアマンに就任。日本サッカー協会会長、東京都教育委員、首都大学東京理事長、日本バスケットボール協会会長などを歴任した。

 《取材後記》川淵氏は64年東京五輪でアルゼンチン相手にゴールを決めるなど日本の8強入りに貢献した。「めったに食べられないビフテキを毎晩のように食べた」という食堂が海外選手との交流の場でもあったという。当時のアットホームな雰囲気を目指していた村長として、交流がむしろ悪とされる現状は無念だろう。

 2月には辞任した森喜朗前会長から“後継指名”を受けた。密室人事と批判され撤回したが、日本はスポーツを通じて世界に貢献できると開催に意義を見いだし、難局に立ち向かう覚悟があった。国民の理解が重要と指摘もしていたが、今の日本には責任回避の内向きすぎる主張や、あら探しがはびこり、前向きに解決を探る努力も否定されがちだ。

 「コロナで日本人の感受性はおかしくなってしまった」。これで世界の中で生き残れるのか、国の将来を憂えている。(五輪統括キャップ・中出 健太郎)

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