【東京五輪あと100日】一二三、丸山との“世紀の一戦”制し五輪切符 信じた道「間違いなかった」

[ 2021年4月14日 05:30 ]

20年12月の五輪代表決定戦で丸山(左)を下した阿部
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 東京五輪開幕まで、あと100日。長らく「東京五輪の星」と期待されながら1年前は代表にすら決まっていなかった柔道男子66キロ級代表の阿部一二三(23=パーク24)は、昨年12月の五輪代表決定戦を制し、夢舞台への切符をつかんだ。節目の日を前に本紙のインタビューに応じ、五輪や自身の柔道人生、妹で女子52キロ級代表の詩(20=日体大)への思いを語った。

 ――東京五輪開幕が100日後に迫った。現在の心境は。

 「ここまでは本当に凄く長かった。(16年リオ五輪代表は逃し)簡単ではなかったが、昨年12月の五輪代表決定戦に勝ち、自分の力でしっかり勝ち取れたと思う。(今月初旬に)国際大会を1年2カ月ぶりに経験して、自分自身のコンディションやパフォーマンスは悪くないと感じた。五輪に向けて集中し、最高のコンディションに持っていくだけだと思う」

 ――6歳から始まった柔道人生。これまでの17年間を表現すると。

 「小学校の頃は女の子に負けていたほど。高学年になって少しずつ大会で勝てるようになったが、ずっと波があったような感じ。中学2年で全国で初優勝し、海外の試合にも出してもらい、高校になってインターハイや講道館杯、グランドスラム(GS)も勝てた。中2からバーッと上がっていったイメージ。大学でも世界選手権を2連覇し、その後1年くらい勝てない時期はあったが、自分が弱くなったわけではない。勝ち切れなかった1年間も無駄ではなかったし、必要なことだった。常に壁は越えられると思っていた」

 ――柔道人生のターニングポイントを3つ挙げると。

 「1つ目は中2の時の全国優勝。うれしいというよりも、とにかく不思議な感覚だった。まさか、と思ったほど。でも初めての全国優勝で、大きな自信になった。2つ目は(高2で初優勝した)講道館杯。この優勝で、それまでは夢だった五輪が明確な目標に変わった。3つ目はやはり、昨年12月の五輪代表決定戦だと思う」

 ――丸山城志郎とのワンマッチで行われた五輪代表決定戦は、世紀の一戦と呼ばれ、大きな注目を浴びた。

 「決定戦の経験は、凄く大きいと感じている。当日はウオーミングアップの時は凄く緊張感があったが、いざ入場ゲートの前に立つと、緊張感はなく、覚悟ができていた。覚悟を決めて、あとはやるしかないという気持ちだった。自信もあったし、負ける気もゼロだった。実際に試合に勝って今まで以上に自信を得られたし、自分が目指している柔道に間違いはなかったと、確信できる試合にもなった」

 ――両親はどんな存在か。

 「柔道を始めてから常に支え、常に応援してくれた。父はトレーニングを一緒にやってくれて、母は陰から見守ってくれていた。最大の恩返しが五輪金メダルの獲得だと思っている。自分のためでもあるが、最高の恩返しをするためにも頑張りたい」

 ――父とトレーニングを始めたきっかけは。

 「小2くらいの時に試合に負けて、“もっと強くなりたい”と話したら、じゃあトレーニングをするしかないと。父はどうしたら強くなれるかを考え、オリジナルのメニューを考えてくれた。週3日は柔道の稽古があって、トレーニングも週3日くらいやった。さぼったことはなかったが、周りの友達が遊んでいると、やめたいな、嫌だなという気持ちはあった」

 ――同日金メダル獲得を目指す妹・詩はどんな存在か。

 「昔はただただ(道場で)遊んでいるという感じだったが、今は凄く刺激になるし、本当にお互いに切磋琢磨(せっさたくま)している存在。対戦相手もあるが、僕自身が一番負けられない存在でもある」

 ――五輪代表は詩が先に決めた。悔しさは感じたか。

 「悔しい気持ちが多少はあった。でも妹が代表になって、自分がならないわけにはいかない。だからいい刺激になった。絶対に負けられないと。いいバランスというか、いい関係性だと思う。普段から凄く話す、ということはないが、お互いに大切な存在と分かっていると思う」

 ――阿部一二三と言えば、世界一強烈な担ぎ技。どうやってつくり上げてきたのか。

 「一言で言えば、積み重ねだと思う。元々、体が小さかったから、豪快に投げて勝つことに憧れがあり、トレーニングや練習を通して、一つの技を覚えるために凄く時間をかけた」

 ――その一方で先日の国際大会は足技で決めるシーンも目立った。新境地を開いたのか。

 「自分の中でも幅が広がっているなと感じる。大学生の頃は海外の選手に凄く研究されるということはなかったが、だんだんと担ぎ技を警戒されてきた中で、足技が大切だと感じていた。当時は無意識に出る、投げられるという感覚はなかったが、最近は体に染み付いているなと感じる。先日の試合では“あ、いける”と思った時には、技に入っていた。担ぎ技にしても、投げることができる時の感覚は同じ。体が先に反応している。1週間、1カ月でできることではなく、長い時間の積み重ねでできるようになった」

 ――最後に100日後の本番に向けて意気込みを。

 「3カ月ちょっとと考えると、決して長くはない。新しいことに取り組むには時間も足りないので、考えていない。柔道人生で最高のパフォーマンスをする、自分の柔道を出し切ることだけを考える時間にしたい」

 ≪五輪前最後の実戦機会のGSカザン大会は回避 このまま本番へ直行≫今月1日に1年2カ月ぶりの国際大会となるGSアンタルヤ大会(トルコ)を制して帰国した阿部は、現在も2週間の隔離中。日本の五輪代表選手にとって本番前最後の実戦機会となるGSカザン大会(5月5~7日、ロシア)は回避の見込みで、本番へ直行する予定。同月下旬にスペインで計画されている国際合宿や、国内での個別合宿を経て、大会2日目となる7月25日に妹・詩とともに日本武道館の畳に立つ。

 ◆阿部 一二三(あべ・ひふみ)1997年(平9)8月9日生まれ、神戸市出身の23歳。6歳で柔道を始め、兵庫・神港学園高2年だった14年に講道館杯、GS東京大会を17歳で制覇。日体大在学時の17、18年に世界選手権を2連覇し、19年大会は銅メダル。昨年12月に丸山との五輪代表決定戦を制して東京五輪代表に内定。20年4月からパーク24所属。右組み。得意技は背負い投げ、袖釣り込み腰。1メートル68。家族は両親と兄・勇一朗さん、五輪女子52キロ級代表の妹・詩。

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