正代 背中押してくれた被災した人々の笑顔 故郷・熊本に届けた「恩返し」

[ 2020年9月28日 06:00 ]

「正代 火の国大関」(上)

宇土市応援団から贈呈された化粧回しで土俵入りする正代
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 関脇・正代(28=時津風部屋)が13勝2敗で初優勝を飾り、大関昇進が確実となった。優勝制度ができた1909年(明42)夏場所以降、熊本県出身力士の優勝は初めて。スポニチ本紙では「火の国大関」と題し、そのキャラクターや覚醒した理由を3回にわたって紹介する。

 正代の相撲人生は熊本県宇土市の宇土小1年から始まった。公園で相撲を取って遊んでいたところ、宇土少年相撲クラブの園田茂監督にスカウトされて道場へ通うようになった。第8代横綱の不知火を生んだ土地柄で、クラブは約40年の伝統がある。週3、4日だった稽古は進級すると毎日になった。

 「同級生がサッカーや野球などのハイカラなスポーツを始めて気にはなりましたが、不思議とやめたいとは思いませんでした」。高学年になると県大会で優勝し、全国大会に出場するまでに。生魚以外は何でも食べたという正代は、姉弟と比べても大きく育った。

 熊本農では畜産科で牛や豚などの世話をし、稽古にも励む毎日。「高校時代にひたすら前へ行く相撲の姿勢を教えてもらった。今の相撲につながっています」。長期休暇でも合宿や遠征に出ることが多く、たまに友人と街へ出掛ける機会があると「何を着ていけばいい?」と慌てるほど、相撲一筋だった。高校3年の国体で優勝した正代は「相撲の道へ進むなら、応援する」という家族に背中を押され、東農大へ進学する。

 2016年4月、故郷を襲った熊本地震。群馬巡業中だった正代が家族の無事を確認できたのは発生翌日だった。帰郷できたのは夏場所後の5月下旬。被災生活に疲れている地元の人々は「正代関が帰ってきた」と喜んでくれ、人々の笑顔に逆に励まされたという。

 「自分の取組をいつも故郷の人が見てくれている。そのことだけは意識しています」。実は、地震直前の16年春場所には宇土市から化粧まわしが贈られている。贈呈式の会場だった市役所も大きな被害を受けた。正代は今、エールを込めてその化粧まわしを締める。地元ファンの視線が常に頭にあるから「前へ前へ進む、決して後ろへ引かない」とした言葉は、今場所の15日間に通じていた。(特別取材班)

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