自転車MTB五輪内定・今井美穂 33歳“夢追い先生”子どもたちに伝えたい大切な思い
2020 THE STORY 飛躍の秘密
自転車MTB(マウンテンバイク)で女子代表に内定した今井美穂(33=CO2bicycle)は小学校教諭と二足のわらじを履きながら、夢舞台の切符を手にした。30歳で五輪を本格的に目指し始めた“夢追い先生”がたどった紆余(うよ)曲折の道のり、自分の走りを通して子供たちへ伝えたい思いに迫った。
人は何歳になっても夢を追える。来年34歳で東京五輪を迎える今井は、そんな教訓を示す生きた教材だ。「いろんな人との巡り合わせやチャンスが巡って、それを一つ一つクリアした先に、一回は諦めた夢をかなえられた」。言葉には実感がこもる。
遠回りの連続だった。東女体大卒業まで陸上の七種競技が専門。大学4年で全日本インカレに出場を果たすも全国的には無名。五輪を夢見て競技継続を望んだが現実は厳しい。「それでは生きていけない、稼げない。ずばぬけたものがないとダメだった」。子供に教えることが好きなこともあり地元の群馬県で教諭の道に進んだ。
チャレンジ精神は消えない。職場仲間と趣味でランニングを始め、11年の東京マラソンを完走。達成感よりも探究心が勝った。「ゴールした時に“次、何しようかな”と。元から走れて泳げたので、自転車を買えばトライアスロンができる」。職場の通勤用に13万円の自転車を奮発して初購入。魅力に引き込まれ、12年にMTBと類似性のあるシクロクロス(オフロードで行われる自転車競技の一つ)に挑戦した。
初出場は埼玉・秩父のローカル大会。「とんでもないコースだったけど面白くて」。起伏のあるコースを泥だらけで疾走し、いきなり優勝。七種競技で鍛えた瞬発力、持久力も意外な形で生きた。
教諭の仕事も充実し、休日は全国転戦する日々。国内大会の表彰台常連となり、17年1月にシクロクロス世界選手権に初出場。だが、結果は30位だった。「自分の弱さを知った。趣味としてから、競技として取り組んでいこうと」。シクロクロスよりも険しい道を長い時間走り続けるMTBが五輪種目と知り、同年夏から本格的に開始。「誰か1人が五輪に行ける。自分がチャレンジしないで、他の人が五輪に出場したらめちゃくちゃ後悔する」。30歳。一度は諦めた夢舞台への道が、くっきりと描かれた。
五輪切符を得るには、18年から2年にわたる選考レースで国内最上位となる必要があった。前橋市の新田小で担任を持っていた今井は、児童たちに打ち明けた。「実は先生はオリンピックを目指している。そのために海外に行って、試合に出ないとダメなんだ」。意外な宣言に児童たちは目を丸くしながらも、背中を押してくれた。
平日はフルタイムでの勤務が終わると、午後8時から練習が始まる。競技仲間の意見などを参考にしながら我流を貫く。同県内には競技用コースが整っていないため、舗装路で「限界まで」2時間ほど追い込む。休日は榛名山の麓の急勾配の坂道をアップダウン。七種競技で培った基礎体力に加え、険しい道を走りきる肉体と技術を鍛えた。
選考対象レースの19、20年のアジア選手権では7、5位に入賞。地道にポイントを重ねた。仕事との両立で多忙を極めた時期もあったが、児童との時間がモチベーション。国内外のレースから帰ると児童たちが「レースの動画見たよ」「お土産は何?」と楽しみながら応援してくれた。不安が襲うこともあったが「負けてたまるか!と」。日本人のトップを走り続けた。
緊急事態宣言中の5月に五輪代表内定となり、分散登校の児童たちから次々に声を掛けられた。「おめでとう」「先生、オリンピック出るんでしょ」。昨年度に担任を持った5年生には囲まれて祝福された。
現在33歳。遅咲きの“夢追い先生”には、伝えたい思いがある。「何かにチャレンジするきっかけになってくれたら。大人になっても夢はある。何歳になってもチャレンジできるんだよって」――。自国での晴れ舞台が、子供たちへの最高の授業となる。
◆今井 美穂(いまい・みほ)1987年(昭62)5月29日生まれ、群馬県富岡市出身の33歳。富岡東高から東女体大卒業後、教員採用試験と消防士試験に合格し、教員を選択した。シクロクロスでは全日本選手権17年優勝、18年2位。MTBでは18、19年全日本選手権連覇。趣味は旅行。1メートル61、54キロ。血液型A。
《今秋から海外転戦で強化》新型コロナウイルスの影響で先行き不透明だが、今井は今秋から始まるW杯や世界選手権など海外転戦で強化を図る予定だ。馬力のある今井だが、課題は起伏の激しいオフロードを走るテクニック。一発勝負の五輪へ伸びしろは十分で「少しでもいい成績を」と意気込む。競技を考慮して仕事では今年度の担任は持たず、高学年の算数や音楽などを教えている。
▽東京五輪のMTB 全長4キロ、高低差150メートルの静岡・伊豆マウンテンバイクコースで開催。男女ともクロスカントリー1種目。「天城越え」「浄蓮の滝」など地元にちなんだ8エリアが見どころの難関コース。周回数は天候やコース状態を基に大会前に発表。全選手が同時にスタートする一発勝負で、レースの目安は1時間半。トップ通過選手の80%に満たないタイムの選手が脱落する「ラップアウト」が適用される。
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