【箱根駅伝】医学生ランナー筑波大・川瀬 たすきつなげずも「新しい歴史刻めた」

[ 2020年1月3日 20:08 ]

第96回東京箱根間往復大学駅伝・復路 ( 2020年1月3日    神奈川・箱根町~東京・大手町、109・6キロ )

<第96回箱根駅伝復路>9区・川瀬にたすきを繋ぐ筑波大・伊藤(右)(撮影・会津 智海)
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 26大会ぶりの復活出場となった筑波大医学群の5年生・川瀬宙夢(ひろむ)は9区を走り、区間14位で最初で最後の箱根を終えた。鶴見中継所ではわずか数十秒届かずに繰り上げスタートとなり、桐の紋が刻まれたたすきをつなげず。それでも涙は一切なく、「(たすきをつなげる)可能性を信じて走った。満足はしていないが、国立大で、医学生としても、新しい歴史を刻めたと思う。不可能はないと示せた」と胸を張った。

 本来なら4年だった昨年度で駅伝競技からは身を引くつもりだった。秋の予選会では19位と惨敗。大学での残り2年は個人種目の3000メートル障害に専念する予定だったが、前回大会を学生連合の一員として5区を走った相馬崇史(現3年)から「凄く興奮しながら“筑波のたすきで走りたい。川瀬さんと走りたい”と言われた」。後輩の熱い思いにほだされ、駅伝をもう1シーズン続ける決意を固めた。

 一般学生と異なり、1日のスケジュールは多忙を極める。特に実習がある時期は、早朝から7、8時間の手術に立ち会い、休む間もなく日の沈んだ夜に1人で黙々と練習する。翌朝には術後患者の検診のため、午前7時台には白衣に身を包む。「7、8時間、立ちっぱなしで、昼ご飯も食べずに走ることもありました。忙しい時期は、平日にみんなと一緒に練習できたことは、ほぼないですね」

 箱根への道と、医師への道。ただでさえ険しい2つの道を、両立するために支えとなったのは、同じ境遇で頑張る“同志”たちだった。特に刺激を受けたのが、秋田大医学部6年で、昨年9月の日本インカレ女子800メートルで2位に入った広田有紀。東京五輪を目指す医者のたまごの先輩には「手術で遅くなった時は“今から練習かあ”となる。そんな時に、互いに鼓舞していたところもありますね」。

 夜間に練習する自分1人のために残ってくれるコーチや、遺体解剖で忙しかった時期に、食事当番を免除してくれた先輩たち。この日の沿道では最下位を走る自分のために、最後まで残ってくれたファンから止むことのない声援を受け続けた。「凄い人でした。(沿道側の)左の耳がキーンときました。川瀬というプラカードを作ってくれている人もいた」。支えてくれる人たちがいることのありがたさを、改めて感じる23・1キロだった。

 規定により、来シーズンは箱根に出場できないが、陸上部には残って活動する。卒業すれば、いよいよ一人前の医師への第一歩を踏み出す。「箱根を走ったドクター」。それは、川瀬にしか掲げられない看板となる。「アスリートを支えるドクターになりたいですね。将来に生かしたいと思います」と、次に目指すゴールを定めた。

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