間近で人馬一体の姿見て!“馬術界のトライアスロン”総合馬術の魅力に迫る

[ 2019年9月4日 10:30 ]

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8月に行われた総合馬術の五輪プレ大会、クロスカントリーで障害物を跳び越える戸本
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 五輪競技の中でも地味なイメージがある馬術は今、ひそかにメダルの期待が高まっている。総合馬術団体は、昨年のアジア大会で金メダル、世界選手権では4位となった。長年世界を支配してきた欧州勢に「待った」をかける展開になっている。日本が表彰台を狙う「総合馬術」は3種目を3日間で実施し、「馬術界のトライアスロン」と呼ばれる。どんな競技なのか?団体4位メンバーの戸本一真(36=JRA)、五輪4大会連続出場を目指す大岩義明(43=nittoh)が総合馬術の魅力を語った。

 【総合馬術競技の流れ】3種目を3日間で実施する

 (1)ホースインスペクション(馬体検査)《競技前日と最終日の障害馬術前にチェック》競技開始前日と最終日の障害馬術の競技前に、競技出場にふさわしい状態にあるかを確認する。それが「ホースインスペクション」(馬体検査)だ。審判団や獣医の目の前を歩き、馬の歩き方や傷がないかなどをチェックする。まずはここで合格しないと競技に参加できない。

 戸本「4種目目、という気持ちで臨むくらい緊張します」

 本来は一発で合格したいところだが、ホールディング(保留)になる場合もある。その際には、獣医師が目視だけではなく触診も行う。選手には再度インスペクションを受ける機会が与えられるが、ここで大きな分岐点となるのが棄権と失権だ。選手には慎重な判断が求められる。

 大岩「自らの判断で辞める場合は棄権、無理してもう一度出て審判に出るな、と言われるのが失権。できるだけ(評価を落とすリスクのある)失権はリザルトに残したくない」

 戸本は今年7月に行われたドイツ最大級の馬の祭典「アーヘンCHIO」でホールディングになった。

 戸本「過去にケガをしていたせいで歩き方が変だと。もう治っているし、獣医も大丈夫と判断してくれたが、結局失権して競技には参加できなかった」

 また、馬術界の“おしゃれ番長”を決める場でもある。成績には一切関係ないが、審判に好印象を持ってもらうため、ベストドレッサー賞常連の戸本にはこだわりがある。

 戸本「人も馬もちゃんと奇麗で万全な体調で臨んでいると思われたい」

 (2)馬場馬術(調教審査)《3種類の歩き方で決められた経路通り美しく》ホースインスペクションに見事合格すると、次の日から3日間の戦いが始まる。初日は馬場馬術(調教審査)だ。馬の調教がどれほど進んでいるかが審査される。20メートル×60メートルの長方形の馬場内を3種類の歩き方(常歩、速歩、駈歩=かけあし=)を基本に、決められた経路通りに美しく優雅に歩く。かつて実施されていたフィギュアスケートのコンパルソリーに例えられることが多い。日本にとって馬場馬術は、これまで鬼門だった。

 大岩「(国際大会では)全体のトップ20に入れれば頑張ったね、って感じだった。僕の主観だが、日本人だから、となめられていた部分があると思う」

 それでも近年は日本の有力選手が欧州などを拠点に活動し、着実に力をつけている。今年のドイツで行われた国際大会で戸本は馬場馬術1位を獲得した。

 戸本「世界でちゃんと戦えている、という感覚になってきた。日本人だから、っていうのはなくなってきたと思う」

 (3)クロスカントリー(耐久審査)《障害物をクリアし規定タイム内で駆け抜ける》2日目は総合馬術の花形競技、クロスカントリー(耐久審査)が行われる。自然に近い状態の地形に竹柵、生垣、池、水濠(すいごう)、乾濠(からぼり)など40を超える障害物が設置される。五輪では約6キロのハードなコースを分速570メートル(時速34・2キロ)のスピードで駆け抜ける。障害物の前で止まったり、逃避すると減点があり、落馬や転倒があれば失権となる。また、規定タイムが設定されており、超過すると減点となる。

 落馬などのリスクを避けるため、ロングコースが設けられている場合もある。通常のダイレクトコースよりも容易に通過しやすく作られているが、その分走行距離が長くなるため、タイムに影響する。

 大岩「そもそも長い距離を走っているので、さらに長い距離を走りたくないからできるだけ短い距離の方を選ぶ。ただ、馬にとって得意不得意はそれぞれ違う。そこも含めてコースプランを考えている」

 選手は事前にコースを下見できるが、試走はできない。馬にとっては一発勝負。性格や特徴、体調なども加味しながら選手には緻密な計画が求められる。また、規定タイムより、早くゴールすればいいということではない。

 戸本「早すぎると馬に無理をさせていることになるから、凄く早くゴールしても喜ぶことはない。むしろ反省する」

 馬に無理をさせずに、規定タイムぎりぎりでゴールすることが理想だ。

 (4)障害馬術(余力審査)《高さ130センチ内の障害物を次々と跳び越える》最終種目の競技開始前には、セカンド・ホースインスペクションが行われる。消耗の激しいクロスカントリーを終えてから馬のコンディションを維持するために、あらゆるケアを施して検査に臨む。注射や薬の投与などは認められておらず、マッサージなどでリカバリーしていく。大岩はリオ五輪の時にここでホールディングを経験している。

 大岩「大会の前に馬がケガをしていて、セーブしながらクロスカントリーを走った。もしセーブしないで走っていたら、パスできていなかったと思う」

 無事合格すると、障害馬術(余力審査)に駒を進める。高さ130センチまでの障害物が10~13個設置されたコースを走行。普段なら難なく飛べる障害ではあるが、前日のクロスカントリーで疲れていることもあり、「馬が最後の力を振り絞ってやる種目」と大岩は説明する。バーは馬の脚が少し当たっただけで簡単に落ちる。障害の前で止まったり、横に逃げても減点となる。いかに減点なしでこの種目を終えられるかが、勝敗の鍵となる。

 (5)3種目の減点の少なさで順位決定

 3日間の戦いは、3種目の減点がいかに少ないかで順位が決まる。世界のトップ選手でも落馬やミスがないことはありえない。初日首位だった選手が、次の日には失権していることもある。とてもスリリングな競技だ。

 戸本「(スケートで例えると)馬場馬術はフィギュア、クロカンはスピード、障害馬術はショートトラックのイメージ。最終日まで成績を追ってもらえると、面白いと思う」

 大岩「競馬だと少し遠いけれど、クロカンはすぐ近くで見ることができる。肌で感じられる、馬たちのリアルな姿を見てほしい」

 32年ロサンゼルス五輪の障害飛越個人で西竹一とウラヌスが獲得した金メダルが、日本人が獲得した唯一のメダル。総合馬術の日本代表は64年東京五輪の会場でもある聖地・馬事公苑で、初の表彰台を狙っている。

 ▽馬術 五輪の馬術競技は、総合、馬場、障害の3種目。男女の区別はなく、同一の人馬のペアで争われるため、騎乗馬の資質も問われる。各国3人で構成される団体戦と個人戦が行われ、個人戦の成績が団体戦に反映される。日本は開催国枠で各種目の団体出場権を手にしており、東京五輪では各3人ずつ、合計9人が代表として出場する。馬のコンディションも考慮して、五輪直前の20年6月頃に代表人馬が決定する。総合馬術団体は96年アトランタ五輪の6位入賞が最高成績。

 ◆戸本 一真(ともと・かずま)1983年(昭58)6月5日生まれ、岐阜県出身の36歳。明大馬術部主将を務め、06年JRA就職。東京五輪出場のため15年に障害馬術から総合馬術に転向して渡英。競馬学校の教官経験有り。趣味はショッピング。1メートル67、58キロ。

 ◆大岩 義明(おおいわ・よしあき)1976年(昭51)7月19日生まれ。愛知県出身の43歳。10歳から乗馬を始める。明大卒業後に競技を離れたが、00年シドニー五輪をきっかけに再開し欧州に拠点を移す。08年北京五輪から3大会連続出場中の日本のエース。好きな食べ物は名古屋めし。1メートル70、67キロ。

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