タニガワ“凱旋”首位発進 2年ぶり日本開催 生まれ故郷で躍動

[ 2019年6月8日 05:30 ]

米シニアゴルフPGAツアーチャンピオンズ マスターカード・ジャパン選手権第1日 ( 2019年6月7日    千葉県成田市 成田GC=7151ヤード、パー72 )

初日トップのタニガワ(右)と応援に駆け付けた樋口元LPGA会長
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 2年ぶりの日本開催となった米シニアツアーが開幕。メジャーの全米プロシニア覇者で、日系のケン・タニガワ(51=米国)が65と伸ばして単独首位に立った。伊沢利光(51)が69で回り、日本勢トップの4打差の9位につけている。元米大リーグ投手の長谷川滋利(50)は9オーバーの67位と大きく出遅れた。

 生まれ故郷の日本で、お世話になった人たちに成長した姿を見せることができた。幼少時を神戸で過ごしたタニガワが“凱旋試合”で首位発進した。

 「今日はワトソンとモンゴメリーと日本で一緒に回れたことがうれしかった。プレーはとても良かったです。狙ったところにしっかり打ててボギーも打たなかった」。ホールアウト後は幼少時に家族ぐるみで付き合っていた日本女子プロゴルフ協会の樋口久子元会長と旧交を温めた。

 タニガワは「5、6歳の頃」にゴルフシューズや自動車部品の輸入業を営んでいた父母と一緒に米国に移住。7歳でゴルフを始めた。当時、ゴルフの手ほどきをしてくれたのが米ツアー挑戦のため頻繁に米国を訪れていた樋口氏だった。樋口氏は「試合で成績が悪いと、よく泣いていたんですよ。“男なんだから泣いちゃ駄目。泣くくらいなら練習しなさい”とよく言ってました」と懐かしんだ。

 その後、タニガワは米国の大学を経て1992年に日本のプロテストに合格。96年から2年間プレーした後、米ツアーを目指し日本を離れた。だが米国で結果を残せず、03年にプロを諦め投資会社で働き始めた。同時にアマ資格を再取得し経験を重ねて、49歳の時に米シニアツアーの予選会に挑戦。5人しか出場資格を得られない難関を突破し再度プロ転向。そして日本で優勝争いすらできなかった男が、5月の全米プロシニアでメジャー初Vを飾る大仕事をやってのけた。

 「あの優勝で自信がつきました」と話すタニガワに樋口氏は「本当に驚きました。だから(お祝いを言いたくて)会いにきました」と笑顔で祝福していた。

 ▽PGAツアーチャンピオンズ 1980年にスタートした米シニア(50歳以上)ツアー。当時は4試合だったが、現在は28試合まで拡大。米ツアーの実績によるポイントで出場資格を得られる。メジャー優勝者はほぼ出場権を得られるが、レギュラーで勝っただけでは難しい。実績のない選手は予選会で上位に入らなければならない。1試合で約120人が出場、ポイントランク36位までが翌年の賞金シードを獲得。

 ◆ケン・タニガワ 1967年(昭42)12月27日生まれ、神戸市出身の51歳。父の勧めで7歳でゴルフを始める。米カリフォルニア大ロサンゼルス校を経て日本のプロテストに、丸山茂樹らと同期合格。日本ツアーは96年三菱ギャランの9位が最高。昨年、米シニアツアーに参戦し、ピュアインシュランス選手権で初優勝。夫人と長女、長男の4人家族。1メートル83、78キロ。

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