五郎丸が対戦を嫌がった11年無敗の天才 第2の人生は行列ができる人気店の店長

[ 2019年2月25日 12:59 ]

関東大学ラグビー、早大・明大戦の後半1分、早大・五郎丸歩(下)がこの日2本目のトライ。トライ後に明大・日永田泰佑ともつれあう(2006年12月3日、国立競技場)
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 24日放送の“消えた天才”の第2の人生を追うTBSのドキュメントバラエティー「消えた天才」(日曜後7・00)は、ラグビー元日本代表の五郎丸歩(32)が「絶対に勝てなかった」という世代最強の天才を追跡し、現在の姿に迫った。

 2015年ラグビーW杯で日本代表のFBとして、歴史的な番狂わせとなった南アフリカ戦を含めて史上初の3勝を挙げた五郎丸。高校時代は3年連続で花園に出場し、早大時代は3度の大学日本一に輝いた男が「同じ福岡の出身で、センスの塊。試合をするのが嫌なくらい強かった。ライバルとかいうレベルじゃない。もちろん世代ナンバー1」と話したのは、日永田泰佑(33、ひえいだ・たいすけ)さん。日永田さんは4歳から競技を始め、中学卒業までの11年間、公式戦で負け知らずだったという。

 日永田さんは、仙台育英高時代に高校日本代表にも選出され、五郎丸はその控えだった。しかし、明大に進むと「燃え尽き症候群」の症状で伸び悩み、大学4年時に左ひざ前十字靭帯断裂の大ケガを負った。大学卒業後に進んだ実業団でもケガとリハビリを繰り返し、トップリーグに1試合も出場しないまま15年に引退。現在は、高額で取引されるマグロを専門に扱う飲食店の店長を務めている。番組では、行列ができる人気店と紹介した。

 日永田さんは、五郎丸について「正直、中学のころは全然知らなかった。試合したっけ、くらいの感じですね。中学校のころは結構(自分は)イケイケだった。自分が1番という感じでした」と振り返った。10年ぶりに五郎丸と再会すると、がっちりと握手。「(15年の)W杯見ててすごく感動した。正直、負けると思っていた」といい、五郎丸とともに出場した19歳以下のW杯で、オーストラリアに大敗したことを振り返った。すると、五郎丸も「大人と子ども、こりゃ一生勝てないなって」と応じ、日永田さんの「五郎ちゃんの頑張りを感じた」には「必死さだよね、勝ちたかったからね、あの試合は」と話した。

 日永田さんは「あそこまで(努力)できなかった。もう1度、輝ける場所に行きたいなって1から仕事をやり出した。きっかけになった」と当時の心境を明かした。それを聞いた五郎丸は「若い時に、これからという時に活躍できない。つらい思いして、違う世界で輝いている姿は刺激的。別にラグビーで輝かなくても、こうやって今、仕事で輝いているっていいじゃないですか」と言い、2人はラグビーボールでパス交換しながら、エールを送り合っていた。

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