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C大阪大久保 引退を伝えた時の子どもの反応「えっ?5人目?」も「サッカー選手じゃなくなる寂しさが」

[ 2021年11月22日 15:36 ]

引退会見で涙をぬぐうC大阪の大久保 (撮影・奥 調)
Photo By スポニチ

 今季限りで現役引退するC大阪の元日本代表FW大久保嘉人(39)が22日、大阪市内のホテルで引退会見を行い、家族に引退を伝えた際の反応を明かした。

 大久保は「大久保嘉人は今シーズンを持って引退します」と涙ながらに語り出すと、「20年間って言う、長い間でしたけど、本当に最高のサッカー人生でした。まだ伝えたいことがたくさんあるんですけど、皆様に感謝したいと思います。ありがとうございました」と話した。

 引退について「本当に自分が動けるうちに、まだまだできるだろうって言われるうちに、辞めたいっていう風に自分では思っていたので。それが今なのかと思い、決断しました」と話した大久保。自分一人で決断し当日に伝えたという莉瑛夫人は「本当にそれでいいのという感じでしたね。まだ整理がついてない感じでした」と振り返った。

 子ども達にはどう伝えたのかと聞かれると、「決めて、発表する前日に横浜に帰りまして、長男は部活で、次男もサッカーで帰って来るのは夜の10時過ぎで。前に子供を全員座らせて伝えようとしたときに、察したのが自分がサッカー辞める事じゃなくて『えっ5人目、5人目?えっ女の子?』という風に言われまして、いや、そうじゃないんだけど、サッカーをやめことにしましたと伝えました」とし、「長男とかは分かってると思いますし、お疲れさんと言ってましたね。今は一緒に暮らしてないので、また一緒に暮らせる嬉しさと、サッカー選手じゃなくなる寂しさがあったように僕は見えました。三男は今一緒に住んでいるので、大阪にの友達ができてもう別れるのっていう寂しさとまた家族で住める嬉しさって言うのが今もまだどうやって表現していいのか分からないような感じですね」と振り返った。

 また長い闘病生活の末、13年に61歳で他界した父・克博さんへの思いを聞かれると、「それちょっとまずいっすね。また泣いちゃうから」と大久保。「やっぱり凄い厳しい父でしたけど…」と涙でしばらくの間沈黙すると、「父がいなければ、サッカー選手になれてないかなと思います。でも報告したら、よくやったなと言われると思います」と続けた。
 
 大久保は01年に国見(長崎)からC大阪へ入団。J2降格となった02年に得点ランク2位となる18得点でブレークを果たし、1年でのJ1復帰に貢献した。03年からは背番号10を背負った。その後はマジョルカ(スペイン)、ヴォルフスブルク(ドイツ)、神戸移籍などを経て13年に川崎Fに完全移籍。同年から前人未踏の3年連続得点王に輝き、14年ブラジルW杯にサプライズ招集された。

 21年にC大阪に復帰。前年所属したJ2東京Vで無得点に終わったことから限界説が流れていたが、開幕から3戦連発で復活をアピールした。

 J1歴代最多通算475試合191得点。ベスト11は3度。日本代表としては国際Aマッチ通算60試合6得点。10年南アW杯、14年ブラジルW杯出場。闘争心が強く、警告枚数はJ歴代最多。退場回数も12回。数々の記録と記憶を残したレジェンドだった。

 ◆大久保 嘉人(おおくぼ・よしと)1982年(昭57)6月9日生まれ、福岡県出身の39歳。苅田SSSから国見中、国見高を経てC大阪加入。国際Aマッチ通算60試合出場6得点。W杯10年南アフリカ大会、14年ブラジル大会に出場。家族は莉瑛夫人と長男・碧人(あいと)さん、次男・緑二(りょくじ)くん、三男・橙利(とうり)くん、四男・紫由(しゆう)くん。1メートル70、73キロ。

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