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【1971年8月】17才/アイドル時代到来!南沙織 タイトル良くて?大ヒット

[ 2011年8月2日 06:00 ]

「17才」でデビューした南沙織
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 ★71年8月ランキング★
1 わたしの城下町/小柳ルミ子
2 17才/南沙織
3 さらば恋人/堺正章
4 よこはま・たそがれ/五木ひろし
5 昨日・今日・明日/井上順之
6 さよならをもう一度/尾崎紀世彦
7 夏の誘惑/フォーリーブス
8 真夏の出来事/平山三紀
9 砂漠のような東京で/いしだあゆみ
10 男/鶴田浩二
注目雨のバラード/湯原昌幸
※ランキングは当時のレコード売り上げ、有線放送、ラジオ、テレビのベストテン番組などの順位を参考に、話題性を加味してスポニチアネックスが独自に決定。

【17才/南沙織】

 テレビから流れてくるその歌声はとても新鮮に聞こえた。こぶしもきかせていなければ、情感たっぷりというのでもない。このきわめてサラッと、透明感のある歌声こそ、女性アイドル歌手という新ジャンルの誕生を象徴したものだった。

 沖縄出身の新人歌手・南沙織はファーストシングル「17才」で、71年6月1日にデビュー。1カ月後には実年齢でも17歳になるというタイミングの良さだった。

 長い黒髪にキラキラ輝く大きな瞳、健康的な小麦色の肌は、まさに南国育ちのイメージ通りで、彼女にしたい、と思う同年代の中高生からラジオのリクエストが殺到。レコード売り上げはオリコンチャートで最高2位止まりだったが、64万枚をセールス。大ヒット曲は平成の時代になって、森高千里によって新たなテイストにアレンジされてカバーされ、こちらも話題となり、森高のシンガーとしての地位を確立した曲となった。

 有馬三恵子作詞の歌詞の中に「17才」というフレーズは一度も出てこない。「私は今 生きている」が繰り返されるが、そこから17才を推測することは難しい。南いわく、ヒットは「タイトルが良かったから」だという。

 テレビの歌番組に出ると、必ずと言っていいほど司会者に「今、何歳ですか?」と尋ねられた。半で押したように「今、17歳です」と言うと、司会も百発百中「歌のタイトルも“17才”。ピッタリですね」と予定調和の進行で、「それでは歌っていただきましょう」となる。「とても分かりやすいでしょ。タイトル考えた人がすごい」と南。ちなみにプロデューサーは、山口百恵の売り出しでもおなじみの酒井政利氏だった

 フィリピン人の建築技師の父と日本人の母の間に生まれ、地元のテレビ局に出演していたところをスカウトされ芸能界入り。沖縄での生活同様、アメリカンスクールに通うことを条件に月給5万円の契約で上京した。デビュー曲から順調に売れ、小柳ルミ子、天地真理とともに「3人娘」と呼ばれた。いわばアイドルの走りである。

 デビュー当時、ベテランの女性歌手に「早く歌なんてやめなさい」と言われたことがずっと頭のどこかにあったというが、デビュー8年目の78年に芸能界を引退。「今やめないと、ずっとここにいることになる。違う生き方もしてみたい」という理由だった。

 翌年に写真家の篠山紀信氏と結婚したのには驚かされた。91年の紅白歌合戦に出場し「色づく街」を歌い、懐かしい歌声を披露。06年にはCD21枚とDVD1枚の、デビュー35周年プレミアムボックスを発売。自ら監修を務めた。

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