藤井七段「令和」で築く黄金時代 平成は羽生時代「姿勢見習い、活躍できる棋士に」

[ 2019年5月1日 10:00 ]

満面の笑みでインタビューに応じる藤井七段(撮影・荻原 浩人)
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 平成の終わりに空前の将棋ブームを呼んだ藤井聡太七段(16)は、平成の将棋界をどう見るのか。「自分はほとんど最後の方しか知らないですけど…」と笑って前置きしつつ「対局が動画やいろいろな形で中継されるようになり、多くの方に見てもらいやすくなった」。王将戦1次予選の対局後に取材に応じた藤井は勝負師から一人のプロ棋士へと視点を切り替え、将棋ファンとの距離が大きく縮まった環境の変化を喜んだ。

 ここ10年ほどで、プロ棋士が解説するネット生中継番組や、指し手を前後できる棋譜中継が登場。あまり知られていなかった棋士の食事や言葉、私生活が注目され始めた。その矢先、史上最年少でプロ入りした中学生が、新記録の公式戦29連勝をデビューから達成。大人びた言葉と、たまに見せるあどけない表情のギャップが親しみを呼び、世間にブームを超えた藤井フィーバーを呼び起こした。

 その平成を代表する棋士として、藤井は迷わず羽生善治九段(48)の名を挙げる。「やっぱり、羽生先生の時代という印象が強い。平成元年に初めて竜王を獲得されて、それから30年、ずっとタイトルを獲られていたので」。平成全体の6割を超える136ものタイトル戦に臨み、1996年(平8)には前人未到の7冠独占。積み上げたタイトルは歴代最多の99期を数え、その業績を称えられて国民栄誉賞を受賞した。

 藤井は昨年の公式戦初対局で、その羽生から金星を挙げた。新たな令和の時代、自身にかかる期待にどう応えるのか。「そうですね…」と40秒ほど“長考”した藤井は「平成は羽生先生の時代と言われる。自分も次の時代、そういうふうに思っていただけるよう活躍したい」。藤井自身も認めるように、その第一歩がタイトルの初挑戦、初獲得。渡辺明2冠(35)や豊島将之2冠(29)ら6人の現保持者に全力で挑むことが、令和最初の目標になる。

 将棋の戦術もこの30年で変化した。「平成の中ごろは、玉の守りを堅くしてから攻める将棋が多かった。でも最近は、バランスを取りながら戦う将棋が増えてきた」。AIを活用した研究が進み、従来の定跡にない新手順が次々に登場。藤井もパソコンを使った研究を取り入れる一人だ。一方で「大きな視点で見ると、昭和や平成初期のねじり合い(定跡から離れた力戦)も見られるようになった気がする」とも語る。

 棋士養成機関の奨励会では、藤井の同世代や年下の会員らが激しい競争を繰り広げる。勝ち抜いた者がプロ棋士となり、いずれ藤井に挑んでくる。「まだその段階ではないけど、これから自分より若い世代の人とも戦っていくのは間違いない。楽しみという気持ちもあるし、その時にもっと強くならなければいけない」と思いをはせる。

 平成期の将棋界を「羽生世代」が長くけん引してきたように、令和時代は藤井に刺激を受けた近い世代で頂点を争う日が訪れる。藤井は「羽生先生は30年間、ずっと第一線で活躍された。それは容易にはできない。その姿勢を見習い、次の新しい時代に活躍できる棋士になれるように」と繰り返した。

 ≪新元号出典「万葉集」に興味≫新元号が発表された4月1日、藤井は高校2年に進級する春休み中とあり「母と自宅のテレビで(会見を)見ていた。どういうふうに決まったのかなと興味がありました」。出典となった万葉集は「古文の教科書で見たことはあります。改めてそういう話(由来)を聞いて、またじっくり見られれば」と関心を示した。日常生活では元号より「西暦を使うことの方が多い」と苦笑いしつつ「元年から始まって数えやすくなるので(元号を)使ってみようかな」とちゃめっ気も見せた。

 ◆藤井 聡太(ふじい・そうた)2002年(平14)7月19日生まれ、愛知県瀬戸市出身の16歳。杉本昌隆八段門下。5歳で将棋を始め、小4で奨励会入り。16年10月に史上最年少の14歳2カ月でプロ入りし、17年6月に歴代最多の29連勝をデビューから達成。七段昇段や一般棋戦優勝など、数々の最年少記録を塗り替えた。名古屋大学教育学部付属高2年。

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