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「つらいところ見せてはいけない」芸人魂貫いたケーシーさん

[ 2019年4月10日 05:32 ]

ケーシー高峰さん死去

綾小路きみまろ(左)と握手するケーシー高峰さん
Photo By スポニチ

 お笑い界に大きな足跡を残したケーシー高峰さんの死。長年、取材してきたスポニチ本紙OBが思いをつづった。

 【悼む】突然の知らせだった。母も医者、親族の多くも代々が医者という東北の名家だった。だから自宅も福島県いわき市。ひときわ小高い丘の上に200坪の土地を持っていて、そこに瀟洒(しょうしゃ)な家を建てて住んでいた。2度の結婚。美しい夫人はケーシーさんの自慢でもあった。最寄りの駅で降りると奥さんのために建てた“ケーシー御殿”が燦然(さんぜん)と輝いていた。

 2005年に舌がんで30針を縫う手術をした10日後には舞台に立ち、しゃべれないから事前に録音していたネタを披露した。「芸人はつらいところを見せてはいけません」と筆談でインタビューに応じ芸人魂を見せたことが忘れられない。その後も闘病の姿を周囲に見せなかった。

 高度経済成長期真っただ中のこと。昭和40年代、テレビなどのお笑いブームもやってきたが、ケーシーさんは落語以外の演芸“色もの”のスター第1号と言ってもいい存在だった。ケーシーさんのホームグラウンドは、その頃に主流だった落語家らの寄席ではなく、色もの演芸の唯一の拠点で今は消滅してしまった浅草松竹演芸場。そこをバネに新年のお笑い特番などには欠かせぬ人でもあった。それだけケーシーさんの芸、医事漫談は普遍的なものだった。

 その医事漫談には真実が盛り込まれていたが、同時に落語や漫才にも負けぬインパクトに満ちていた。適度に織り込まれる毒舌とお色気は他の芸人には出せぬ色合いだった。そしてクレーターのような顔面のブツブツ、ニキビ痕。それを中和させる毒舌と下ネタ。ケーシーさんは自らの欠点、マイナス面を強調することでプラスに転化し得た唯一の色もの芸人だった。

 駅から小高い丘を眺めるとそこにケーシーさんの家がある。だが、もう主人はいない。それが悲しい…。(演芸評論家、スポニチOB・花井 伸夫)

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