熱海のADお助け公務員 バラエティー誘致で宿泊客をV字回復

[ 2017年2月27日 11:30 ]

スポーツウエア、スニーカー姿で市内のロケ現場を飛び回る山田貴久さん。市民からも「ADさん」と呼ばれる愛されキャラだ
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 【イマドキの仕事人】多くの旅行者を呼び込もうと全国の自治体がさまざまなアイデアで挑む中、落ち込む一方だった宿泊客を、わずか数年でV字回復させた市職員が静岡県熱海市にいる。目を付けたのは、バラエティー番組のアシスタントディレクター(AD)。人呼んで「熱海のADお助け公務員」は、いったいどんな手法を使ったのだろうか。

 熱海市内にある研修センター。男性タレントに「寝起き逆ドッキリ」を仕掛けるバラエティー番組のロケ現場に山田久貴(51)がいた。20代の番組アシスタントディレクター(AD)や、スタッフから「客室にシャンプーとリンスを持ってきてください」「毛布ありますか?」との依頼にも嫌な顔ひとつせずに階段を駆け下りる。フットワークの軽さは、まるで新人ADさながら。開始時間に間に合うよう、テキパキと準備を進めていく。

 お役所仕事イコールスーツ姿を想像していたが、山田が着ているのはスポーツウエアにスニーカー。「ここ数年、ワイシャツ、ネクタイなんて着たことありませんね」と日焼けした顔をほころばせた。インタビューの途中にも別の番組から相談の電話が入る人気ぶり。しかも、全てを一人でこなしているというから驚く。

 熱海市生まれ。総合レジャー会社などの民間企業を経て、親類に勧められ35歳の時に職務経験者採用枠を受け入庁した。観光課で観光客を呼び込もうと観光PRやイベントを企画、運営に携わったが、時代はバブル崩壊で景気は低迷。「地元を元気にしたくても…。何をやっても駄目なことを思い知らされた」と振り返る。その後、教育委員会など複数の部署を回り、観光課への配属を控えていた2012年3月に転機が訪れた。

 一本のバラエティー番組に協力したところ、関係者から「熱海には番組で紹介できる物が多いね」との言葉に一気に目が覚めた。「テレビ番組で“熱海”の露出を増やせばいい。制作会社に関心を持たれるのが一番。これなら最小限の経費でできる」。観光課内にテレビ番組や映画のロケを徹底的に支援・誘致する専門部門「ADさん、いらっしゃい」を立ち上げた。名前は日曜午後の長寿番組から拝借。触れ込みは1年365日、24時間対応OK!ADを徹底的にサポートすることを決めた。

 映画のロケ地を誘致する「フィルム・コミッション」部署を設けている地方自治体は多い。もちろん、熱海市にもあるが、山田が特に力を入れているのがバラエティー番組だ。「どの町もやりたがらない企画や、許可が出そうにないことまで熱海では大丈夫」とムチャぶり、悪ノリ内容もノーは出さない。これまでも「ビーチでの爆破」や「大浴場にワニ」のほか、大みそかに相談を受け、1月3日の撮影も実現させた。本来ならADがこなさなければならない、撮影場所の選定・許可取り、駐車場の確保、弁当の手配、ワニの用意…これらは全て山田が代行する。しかも、手数料はゼロ。テロップに「熱海」の文字が入ればいい。番組を見た若者が「熱海は楽しそうというイメージを持ってもらえば、おのずと訪れる人はついてくる」。狙いはピタリと当たった。

 これまで年20本程度だったドラマ、映画を含めたロケ実績は、今では100本超に急増。それに比例するように、11年の東日本大震災時には過去最低の約246万人にまで落ち込んだ宿泊客も、わずか4年で300万人超とV字回復。14年には、楽天トラベルの全国人気温泉地ランキングで1位に輝いた。

 山田によると、広告代理店大手が調べた宣伝効果は1年で約20億円にもなる。今では周囲の理解も高まり、他部署から「ロケにどうですか?」と売り込みも。市内に活気が戻ったことで「山田さんの頼み事なら断れない」と商店街全体が協力ムード。多くの恩恵をもたらせていれば当然、一般職員よりも多く給与をもらっているのでは?「給与は市条例に定められているので、どんなに働いても同僚と同額です。ロケが遅くなった場合、残業代はいただいてますけどね」。多くの客が訪れた1950年代の「熱海」を取り戻すため、山田の頑張りは続く。 =敬称略=

 ≪マネは「無理」≫山田のノウハウを学ぼうと、他自治体から講演の依頼が舞い込む。ただ「熱海は自然豊か、歴史あり、温泉あり、首都圏から近いなど別地域とは資質が違います。マネをしようと思っても無理」と手厳しい。再生のヒントとしては「どんなイベントも数日のことで次につながらない。今あるものをどう生かすか。そこにかかっている」とアドバイスした。

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