【内田雅也の追球】阪神・村上「へきれき」の一打に、DH制のないセ・リーグの醍醐味が詰まっている

[ 2023年7月29日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神7―2広島 ( 2023年7月28日    甲子園 )

<神・広>6回、安打を放つ村上(投手・ケムナ)(撮影・大森 寛明)
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 阪神3―2と1点リードの6回裏、2死一、二塁の好機で投手の村上頌樹に打順が回った。監督・岡田彰布はベンチ裏素振り室で代打陣が準備中なのを承知で村上をそのまま打席に送った。

 「9月なら代打やけどな」と試合後、岡田は言った。出番のなかった代打陣にも説明した。優勝争いの正念場と見すえる9月なら代打、継投で、遮二無二勝ちに行くというわけだ。首位攻防とはいえ、まだ7月だった。

 この時点で村上は6回2失点、84球だった。「7回まで投げさせ、昨日投げた投手に連投はさせないつもりだった」

 広島は投手コーチがタイムを取ってマウンドを訪問。ケムナ誠に助言を与え、警戒していた。

 今季は前日まで23打数1安打、打率・043だが、村上は打撃がいい。智弁学園(奈良)時代の2016年選抜では決勝では自らサヨナラ打を放ち優勝している。前の打席でも野村祐輔から右前打を放っていた。

 そして打った。スライダーをうまく左前打して満塁と好機を広げた。上位に返り、押し出しに連続適時打で4点を奪い、試合を決めた。

 もちろん岡田は投手に安打など期待していない。「打たなくても次の回は1番から。打てば今日みたいなこともある」。望外の大量点だった。

 右投げ左打ちの村上が快打するのを見て思い出した。今、スコアラーの嶋田章弘も箕島(和歌山)時代は3番・投手、右投げ左打ちの強打者だった。新人の1985(昭和60)年8月26日、ヤクルト戦(甲子園)に先発でプロ初登板。初打席で右前に初安打を放った。驚いたことに、右打席で不格好(失礼)なフォームで打っていた。

 投手コーチから「左打ちだと投げる右肩に死球を受ける危険がある」と右打ちに矯正されたそうだ。過保護すぎないか。本来の左打席での打撃を捨てるのはいかにももったいない。右肩を痛め、5年後、外野手に転向したが、左打席で快打を飛ばしていた。
 村上には誰も「危ない」と言わない。左で打つのは、投手も打線の一員で当たり前のことだ。

 岡田はセ・リーグのDH制導入に反対だ。投手の打席での代打や継投の采配こそ醍醐味(だいごみ)という。投手の打撃もその一部だろう。

 試合前、青空の甲子園上空でとどろいた「青天のへきれき」のように、あっと驚く意外性がある。=敬称略=(編集委員)

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