マネジャーは元柔道強化指定選手 選抜出場当確の健大高崎 転身&越境で夢追う伊藤さん「震えました」

[ 2022年12月17日 10:32 ]

試合用ユニホームにアイロンをかける伊藤さん(撮影・柳内 遼平)
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 黒帯柔道女子が、憧れの甲子園へ――。今秋の関東大会で4強入りした高崎健康福祉大高崎(群馬)は、来春の選抜出場が確実視されている。新発田市出身の伊藤利花子マネジャー(2年)は記録員として夢舞台に挑む。七葉中時代は女子柔道選手として新潟県の強化指定選手になるも故障を機に引退。群馬へ越境し、初の日本一を狙う野球部で新たな夢を追った。

 白い道着が映える1メートル66の長身。七葉中時代、伊藤さんは地元の新発田市で負け知らずの柔道選手だった。自信を持つ「内股」で相手選手は宙を舞った。だが必殺技は自身の左膝にも強い負荷をかけた。3年時には屈伸できないほど痛んだ。新潟県の強化指定選手に選出されるほど輝いていた柔道の道。ケガで諦めた時、もう一つの夢が希望になった。

 「父の影響で小さい頃から私も野球好き。柔道を始める前は野球部のマネジャーもいいなあと思っていた。思い出したかのように“よし、なろう!”って方向転換しました」
 
 決心したのは中学3年夏。コロナ下で大会が相次いで中止となる中、受験勉強に励んだ。選手時代の信条だった「勝つことこそ本当の面白さ」を軸に進学先を考えた。目標は甲子園の頂点。青森の強豪、日本一経験のある和歌山の伝統校など全国の高校の条件や学力を調査。11年夏の初出場以来、10年間で春夏7度も甲子園に出場していた群馬の「健大高崎」に決めた。
 
 掃除や洗濯、スコア付けなどの仕事を1年生マネジャーと2人でこなす。特に大切にしているのは選手との対話。し烈な競争を繰り広げる選手が悩みを明かす時、伊藤さんは聞き役に徹する。自身の経験からだ。「うまくいかない時は受け止めてほしいもの。(私も)足が痛いと言った時に“そうだね”って共感してくれたら楽になった。選手は口に出したらスッキリするので受け止めるだけでいい」とほほ笑む。伊藤さんと会話した選手の顔つきは自然と明るくなる。

 記録員としてベンチ入りするようになった今秋、関東大会で4強入りし来春の選抜出場を当確とした。夢の甲子園は目前に迫り「やっと実現するんだと震えました。憧れの場所なので堪能してきたいと思います」。ずっと道着を握ってきた両手。その手で青春の一ページをスコアに刻む。(柳内 遼平)

 ◇伊藤 利花子(いとう・りかこ)2005年(平17)5月13日生まれ、新発田市出身の17歳。七葉小3年から柔道を始め、七葉中時代はテニス部と兼務して柔道に励み黒帯初段。高崎健康福祉大高崎(群馬)に進学後は野球部でマネジャーとなる。好きな食べ物はピーマン、クッキー。趣味は読書。卒業後は大学進学希望。

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