阪神 「肘が飛んでもいい」と覚悟した島本が記した復活への“第一歩”

[ 2022年6月11日 08:00 ]

<ウエスタン 神・中>8回、2番手での登板となり、マウンドに向かう島本(撮影・坂田 高浩)
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 その時、2軍の本拠地・鳴尾浜球場にいた同僚たちも食い入るようにテレビ画面を見つめていた。みんなが、ここにたどり着くまでの道のりを間近で見てきたからだろう。5月29日のウエスタン・リーグの中日戦の8回。マウンドへ走る背番号120へ温かい拍手が注がれた。20年11月にトミージョン手術を受けた阪神の島本が、705日ぶりの実戦を復帰を果たした。

 上がったのは甲子園のマウンド。これ以上ないカムバックの舞台は、再出発にふさわしかった。「肘のじん帯が切れた時がちょうど甲子園の試合だったので」。19年に自己最多の63試合に登板し飛躍したものの、シーズン中から左肘は悲鳴をあげていた。「最後は痛みを我慢して投げてました。あの1年は自分にとってはすごいチャンスだったので。肘が飛んでもいいと思って毎日投げてました」。

 その年のシーズンオフにクリーニング手術を受けても痛みは消えなかった。20年は1軍登板ゼロに終わり、その年の11月にトミージョン手術を決断。長いリハビリが始まった。同時期にメスを入れた後輩の才木がほとんど小休止することなく、ステップアップしていくのとは対照的に一進一退の日々。ぶり返す痛みに何度も前進を阻まれた。それでも今年の開幕前。「2軍でしっかり試合に投げて支配下に戻って、後半戦から1軍で貢献したい」と力強い言葉で復活を誓っていた。

 久々の実戦で直球の最速は145キロを計測。「思ったより(スピードは)出た」と腕を振れる喜びを噛みしめるようにうなずいた。1回を投げて1安打1四球無失点。渾身(こんしん)の14球で記した大きな“第一歩”だった。「(ここまで)長かったなというのと、今日甲子園で投げられたのは良かった」。12年前のドラフト育成2位指名から躍進してきた29歳は、はい上がることには慣れている。(記者コラム・遠藤 礼)

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