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日本ハム・斎藤”佑終”の涙…持っていたのは「最高の仲間」 感謝の全力7球「後悔はありません」

[ 2021年10月18日 05:30 ]

【日本ハム・斎藤佑樹投手引退試合】パ・リーグ   日本ハム4―3オリックス ( 2021年10月17日    札幌D )

<日・オ> 引退セレモニーで胴上げされる斎藤 (撮影・光山 貴大)
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 涙の7球――。日本ハムの斎藤佑樹投手(33)が17日、引退試合として行われたオリックス戦に臨んだ。打者1人に投げ、降板後のベンチでは大粒の涙を流した。早実時代、06年夏の甲子園で優勝を果たして「ハンカチ王子」フィーバーを生み、早大でも活躍。故障にも苦しんで通算15勝に終わったプロ11年間の現役生活に別れを告げ、ファンへ感謝の思いをあふれさせた。

 試合前の記者会見では「ハンカチ王子」の愛称のきっかけとなった青いハンカチを手に笑みを浮かべた。マウンド上でも笑顔だった。その斎藤の表情が一気に崩れた。登板を終えてベンチに戻り、栗山監督とグータッチ。「最後、真剣勝負で力を出し切れたな」とねぎらいの言葉を掛けられると、とめどなく大粒の涙が流れた。

 まばゆいばかりの光を浴び続けたアマチュア時代。一方、プロでの11年は「基本的にずっと苦しかった」と明かした。通算成績は15勝26敗。試合後のスピーチでは「皆さまのご期待に沿うような成績を残すことができず、本当にすみませんでした」と頭を下げた。

 しかし、これだけは胸を張って言える。「どんなに格好悪くても、前だけを見てきたつもり。ほとんど思い通りにはいきませんでしたが、やり続けたことに後悔はありません」。そして、こう締めた。「斎藤は“持っている”と言われたこともありました。でも、本当に持っていたら、良い成績も残せたでしょうし、こんなにケガもしなかったはずです。ファンの皆さんも含めて僕が持っているのは最高の仲間です。きっとまたお会いしましょう」。目を潤ませて感謝を述べた背番号1を1万3618人の温かい拍手が包んだ。

 右肘じん帯断裂からの復帰過程で投球フォームを崩し、今度は右肩を痛めた。背水の今季。この状態では結果を残すことはできない。それが引退決断の理由だった。出番は7回。おなじみの登場曲「勇気100%」が流れると、球場を埋め尽くしたオレンジ色の応援ボードが揺れた。最速は129キロ。痛む右肩を気にすることなく思い切り腕を振った。

 フルカウントからの7球目は外角に外れて四球。勝負にいってツーシームを選択したのも、優勝を争うオリックスへの礼儀だった。「最後の最後までファイターズのみんなに迷惑をかけてしまった」と悔しがったが、降板後に救援陣がリードを守り抜いて勝利。ウイニングボールを贈られた斎藤に、栗山監督も「やっぱり持っている」と舌を巻いた。

 プロ2年目のオフに右肩関節唇を損傷。3年目以降は常に故障と向き合ってきた。昨年は右肘じん帯断裂が判明。背水の11年目、手術を回避しPRP(多血小板血しょう)療法を選んだ。同療法の中でも過去にない新方式を試みたのは、「これから主流になるかもしれない。まず僕が結果を出さないと一歩を踏み出しにくい」と今後の選択肢になれば、との思いからだった。

 試合後はナインに胴上げされ、06年夏から注目を浴び続けてきた選手生活に区切りをつけた。自身の今後については「少し立ち止まって考える時間が必要」と話した。野球人・斎藤佑樹として、野球界への恩返しの旅は続く。(東尾 洋樹)

 ◆斎藤 佑樹(さいとう・ゆうき)1988年(昭63)6月6日生まれ、群馬県出身の33歳。早実では高3春夏の甲子園出場。夏の決勝は駒大苫小牧との延長15回引き分け再試合の末に優勝。「ハンカチ王子」として一世を風靡(ふうび)する。早大では東京六大学リーグ6人目の通算30勝&300奪三振を達成。10年ドラフト1位で日本ハム入団。11年4月17日のロッテ戦でプロ初登板初勝利。通算成績は89試合で15勝26敗0セーブ、防御率4・34。1メートル76、77キロ。右投げ右打ち。 

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