大阪桐蔭破った“規格外”の大阪偕星学園前監督・山本氏 倉敷で目指す甲子園 17日に初陣

[ 2021年4月15日 08:00 ]

大阪偕星学園時代の山本晳監督
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 大阪偕星学園を2015年夏の甲子園大会へ導いた山本晳(せき)監督(53)が岡山・倉敷高校の監督に就任したことが14日、分かった。大阪偕星学園を3月末で退任していた。

 山本氏は岡山県津山市の出身。津山商では内野と外野をこなし、卒業後は大阪学院大へ進学した。大学卒業後は尽誠学園でコーチを4年間務め、社会人野球の阿部企業で1年間プレー。米ミネソタ州に1年間留学した後、韓国プロ野球の太平洋ドルフィンズでも1年間プレーした。多摩大聖ケ丘、倉敷高校を経て11年1月に大阪偕星学園に赴任した。

 11年1月の監督就任時。当時を「まるでスクールウォーズだった」と表現したことがある。ラグビーを通じて不良生徒が更生する人気ドラマを引き合いに出したほど、当時はやんちゃな子どもたちが揃っていた。「どんなにやんちゃな子供も不良少年もみんな自分の子供。教え子は全員家族なのです」。学校近くの寮で部員と寝食をともにしたこともあった。早朝からご飯を炊き、唐揚げやホルモン鍋、チゲ(韓国鍋)を作っては食べさせたという。寮の食堂で布団を敷いて寝たこともあった。週に18時間は英語の授業を受け持つ一方、1日の大半を部員に費やす熱血漢だった。

 記憶に新しいのが戦国大阪を常識外れの猛練習で制した15年の夏だ。準々決勝で大阪桐蔭を撃破。決勝では大体大浪商に競り勝ち、大阪偕星学園を春夏通じて初の甲子園大会出場へ導いた。冬場、部員は学校のある大阪市生野区から富田林市内の練習場まで走って通った。片道18キロ。もちろん、1日36キロの走り込みだけでは終わらない。土日に行われる強化合宿では1日12時間以上、日付をまたいで練習することもあったという。

 山本監督は言う。「京大や東大を目指す受験生が深夜まで勉強するのと一緒。一流の子は大阪桐蔭や履正社に行く。その次のレベルは県外へ行く。その次のレベルがうちに来る。練習しかないのです」――。大阪No・1を自負する猛特訓で全国屈指の激戦区を勝ち抜くと、甲子園では1回戦で比叡山に打ち勝ち、初の聖地1勝も刻んだ。

 1メートル80、108キロ。山本氏はベンチプレス210キロを軽々と持ち上げる怪力の持ち主で、試合前ノックで何度か舞洲のバックスクリーンへ放り込み、大阪府高野連から注意を受けたこともある。とにかく“規格外”の男だ。

 倉敷高校で監督を務めるのは今回が2度目。17日の岡山大会地区予選・倉敷南戦から指揮を執る。 

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