【内田雅也の追球】秋(あき)と秋(とき)――初夏開幕で決断迫る麦秋

[ 2020年5月31日 08:00 ]

練習を見つめる矢野監督(阪神タイガース提供)
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 あたり一面に実った小麦の穂が風に揺れている。モノクロだが、黄金色に輝く光景が目に浮かぶようだ。畑の中のあぜ道を嫁入りの一行が行く。

 茶の間から眺める老夫婦はふと、嫁いでいった娘を気にかけ、思い出にふける。

 「いろんなことがあって、長い間」

 「うむ。欲を言えばきりがないよ」

 「ええ。本当に幸せでした」

 「うむ」

 小津安二郎の映画『麦秋』(1951年・松竹)のラストシーンだ。

 ちょうど今ごろの季節だ。七十二候はきょう31日から「麦秋至」に入る。小麦の収穫期で「むぎのときいたる」と読む。

 秋を「とき」と読ませるのは収穫で重要な時だからだ。「危急存亡の秋」などと使う。米など多くの作物は秋だが、麦は初夏の今の時期に実る。

 プロ野球も冬から春、夏、秋と1年をかけて戦う。シーズンとはよく言ったものだ。自主トレからキャンプ、オープン戦で種をまき、水をやり、雨風や日照りを心配しながら、秋の実りに期待する。80年代に活躍した批評家・草野進は<監督業とは年ごとの収穫を期待される農民のようなものだ>と書いた=『どうしたって、プロ野球は面白い』(中央公論社)=。

 「予祝」の意味もあってか、はっきりと秋(あき)には「日本一になる」と宣言している阪神監督・矢野燿大にとって、秋(とき)も迫っているのではないだろうか。何の時か。

 決断の時である。コロナ禍で3カ月も延びた開幕が6月19日と迫る。通常年で言えば、今はオープン戦中盤である。開幕メンバーの人選、役割を決めていかねばならない。長い自粛の間、首脳陣は現場に出るのを控えていた。十分チェックできたとは言いがたい選手たちの見極めが迫る。

 『麦秋』では娘の紀子(原節子)が他の縁談を断り、戦死した次兄の同級生との結婚を決める。男は妻を亡くし、幼い娘があり、知らぬ土地への転勤が決まっていた。友人のアヤ(淡島千景)に「どうしてそんな気になったの?」と問われ、紀子が答える。
 「何て言ったらいいかな。ほら、洋裁なんかしてて、ハサミどこに置いたかと思って、方々探して目の前にあることがあるじゃないの」

 「うん。うちのお母さんなんか、しょっちゅうよ。メガネかけてメガネ探してんの」

 「つまり、あれね。あんまり近すぎて、あの人に気がつかなかったのよ」

 知らぬ間に成長し、目の前にすごい選手がいるかもしれない。たとえば26日の練習で、シート打撃で3者連続三振を奪ったドラフト6位の新人・小川一平(東海大九州)がいた。矢野は「勝ちパターンで使っていきたい」と期待を示した。そんな掘り出し物は他にもいくらもいるだろう。

 だから、夏日だったこの日も甲子園で、矢野や首脳陣は目を凝らした。大切な麦秋である。=敬称略=(編集委員)

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