【猛虎最高の瞬間(3)】村山実 宿敵から奪った最後の三振

[ 2020年5月27日 08:00 ]

1972年9月20日、巨人戦で力投する阪神・村山実
Photo By スポニチ

 創刊72年目のスポニチ紙面を掘り起こし、偉大な選手たちが阪神のユニホームで打ち立てた「猛虎最高記録」と、その瞬間に迫る連載の第3回。村山実投手(当時35)が球団最多2271三振を奪った1972年9月20日にスポットライトを当てる。

 【1972年9月20日 阪神1―2巨人】翌日付スポニチ大阪版は1面トップで偉業を報じていた。メイン見出しは「すごい王42号」――。主役は自らの日本記録を更新する7試合連続本塁打を放った巨人・王貞治だった。サブ見出しに、「阪神『村山―江夏』で玉砕」とあった。

 その日、阪神の先発は、選手兼任監督を務める村山実だった。36歳シーズン。闘志満々の「ザトペック投法」にも、陰りが見えていた。試合前には周囲の記者に「これがひょっとすればボクの最後の巨人戦になるかもしれんな」とつぶやき、臨んだマウンド。初回2死無走者で3番・王貞治に42号先制ソロを浴び、立ち上がった。

 その試合の3回に、「猛虎最高の瞬間」が訪れた。1死無走者。村山は、2番・高田繁から空振り三振を奪った。この試合唯一の奪三振。これこそが、村山が阪神投手として奪った2271個目の三振だった。くしくも舞台は甲子園、相手は永遠のライバル・巨人だった。だが冒頭に記したように、村山は、この試合を白星で飾ることはできなかった。

 4回までは1失点のまま粘投を続けたが、1―1の同点で迎えた5回1死無走者から高橋一三、柴田勲、高田に3連打を浴び、満塁のピンチを招いた。打席には王。ここでマウンドに駆け付けた金田正泰監督代行に「次が王だから…」と告げ、降板した。2番手・江夏豊が王の左翼への犠牲フライ1点にとどめたが、流れを取り戻すことはできなかった。

 4回1/3を被安打5、2失点で5敗目を喫した村山は降板後、「ファンには申し訳なかった。調子は悪くなかったが、王に対してフォークボールが落ちずに真ん中に入ってしまった」と言葉を絞り出した。スポニチの見出しも「往年の力なし」と手厳しいものだった。

 村山はこの登板後、10月7日の巨人戦(甲子園)でリベンジを図った。球場に愛息を呼び、「14年間の総決算をするつもり」と現役引退をかけたマウンドだった。その結果は、王、長嶋茂雄に被弾するなど3回6安打5失点。三振は奪えなかった。目前で優勝を決められ、引導もわたされた。そして11月2日、現役引退を発表。2271奪三振が「猛虎最高記録」に決まった。(惟任 貴信)

続きを表示

この記事のフォト

「大谷翔平」特集記事

「始球式」特集記事

2020年5月27日のニュース