【内田雅也の追球】準備が“見えた”進塁――阪神「ワンバン・スタート」2度 根づいた次塁への意識
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童話『星の王子さま』でキツネは王子に「大切なものはね、目には見えないんだよ」と言う。絆や愛や時や命や心……は確かに目には見えない。
だが、「人間的スポーツ」と呼ばれる野球では時に「大切なもの」が見える時がある。
20日にあった阪神―楽天の練習試合(宜野座)。見えたのは阪神選手の「準備」だった。
いわゆる「ワンバン・スタート」で次塁を奪う好走塁が2度あった。投球がワンバウンドすると見た瞬間に次塁に向けて走りだす走塁である。
3回裏2死一塁、代走で出た陽川尚将が打者・大山悠輔のカウント0ボール―2ストライクからの低めスライダーに敢然とスタート。ワンバウンドした投球を捕手・岡島豪郎は止め、二塁送球したが悠々セーフだった。
4回裏1死二塁では、二塁走者・上本博紀が打者・近本光司の2―2からの低め変化球(チェンジアップか)を空振り、三振となった。岡島は振り逃げの近本を一塁送球で刺したのだが、すでに上本はスタートを切っており、三塁を陥れた。
いずれも記録上は暴投だが、次塁を狙う姿勢がなければ、何もなく終わっていただろう。第2リードの豊かさもある。それ以上にカウントがそれぞれ0―2、2―2で「低め変化球がきそうだ」というワンバンを予測する準備が物を言う走塁だった。つまり、心が見えたのだ。もちろん、走塁担当のコーチ、一塁ボックスに立つ筒井壮、三塁ボックスに立つ藤本敦士の日々の指導、助言が実ったのだろう。指導者としての喜びを思う。
常に準備の重要性を説く監督・矢野燿大も試合後の会見で「陽川の走塁も素晴らしかった」と、たたえた。「コーチもすごく背中を押してくれた。選手に挑戦してもらってる結果がそういうふうになっている」
たとえ憤死していようとも、前を向いた積極性は決してとがめない。指揮官の「許す」姿勢がチームに積極性を生んでいると言えるだろう。「ウチの持ち味、長所だと思う。チーム全体としてこれからもやっていけたらいい」
この日は陽川、上本ともに得点にはつながらなかったが、“見えた”準備と積極性の心こそ尊い。その心が本番での1点に結びつく。そして、こうした小さな積み重ねが優勝を呼び込むのだ。
なぜなら、世界中のあらゆるプロスポーツのなかで、日本のプロ野球ほど熾烈(しれつ)なペナントレースはない。昨年のセ・リーグは勝率5割台で優勝(巨人=勝率・546)、4割台で最下位(ヤクルト=勝率・418)だった。こんな僅差のリーグ戦は他にない。
たとえば、大リーグは昨年、ア・リーグ中地区優勝のツインズが勝率・623、最下位タイガースは・292だった。全米プロバスケットボール(NBA)で言えば、昨年イースタン・カンファレンス優勝のバックスは・732、最下位ニックスは・207。サッカー・プレミアリーグ2018―19年度優勝のマンCの勝率は実に・889に達し、最下位バタースフィールドはわずかに・097だった。
世界的にみても、日本のプロ野球がいかに接戦、激戦かが分かる。そんな僅差の戦いを6カ月間も続けるとき、明暗を分けるのは、こうした小さな意識の積み重ねなのだ。「1点」と言えば大きいが、もっと細かな1つの塁を奪う姿勢こそ、明暗を分ける。
その点では、4回裏無死一、三塁で見せた小技の1点が貴重となる。一塁走者はスタートのヒットエンドラン、三塁走者は「ゴロ・ゴー」。二塁上の併殺を避け、1点をもぎ取る作戦である。打者・木浪聖也は見事に二ゴロを転がし、三塁走者・片山雄哉はスタート良く生還。二塁送球も無理なタイミングで、一塁送球で見事に1点をもぎ取ってみせた。
今春これまでノーサインでやってきた阪神が見せた初めての作戦が成功したのだった。
冒頭に書いたキツネは「大切なもの」を見るとき、「目では見えない、心で探さないと」と教えている。
名著『野球術』(文春文庫、2001年発行)の著者、政治評論家で野球にも造詣が深いジョージ・F・ウィルは「結論」で<野球を楽しむには、他のどのスポーツよりも見識が要求される>と書いている。野球記者として心に刻みたい言葉である。<野球のゲームは舞い散る雪片に似ている。それは、はかなく消える。そして、雪のひとひらひとひらは、すべて異なった形をしている。しかし、雪片の多様性を見極めるためには、注意深く目を凝らさなければならない。野球を楽しむには、他のどのスポーツよりも見識が要求される。野球を見る楽しみは、見る側の歴史感覚によって左右される。えられた目には、野球の美しさが見える鍛えられた目には、野球の美しさが見える>。
野球記者として36年目を迎える。心で見るための目をこれからも鍛えていきたいと誓った。 =敬称略=
(編集委員)
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